第112話 後期研修終了と、新天地(あるいは原点)へ

 以前にも書いたように、日々の生活に煮詰まっていたものの、自分のsubspeciality(内科の中での専門性(消化器内科、循環器内科など)をどう確立するか迷っていた6年目の私。その中で、継続して地域医療研修(アルバイト?)をさせてもらっていた万米ヶ岡共同診療所では、上野先生の甥にあたる常勤医の上野 孝志先生(以下、孝志先生と略す)が諸般の事情で退職、独立されることとなり、早急に常勤医師の手配が必要だった。もちろん、上野先生のもと、事務当直のアルバイト、あるいは子供のころからのかかりつけであった万米ヶ岡共同診療所に戻る(あえて『戻る』と書く)ことは、私の描く医師としてのキャリアの大きな目標でもあった。そのために、スーパーローテートを古くから行い、診療科の壁を越えて診察できる医師を養成することを研修医教育の一つの目標としていた九田記念病院での研修を選択したわけでもある。


 そんなこんなで、診療所は、以前から

 「専門医とか、関係ないから早くうちに来てほしい」

 とおっしゃってくれていた。ただ、私は、これからの時代、キャリアの中で、何か一つでも専門医を習得しておかなければ生きていけない、と考えていた。そんなわけで、後期研修の4年間、私が総合内科専門医の受験資格を得るまでは待ってくださったのである。そしてとうとう、その4年が終わり、

 「では次の春から、うちの常勤として働いてください」

 との声がかかった。Subspecialityを確立しないまま、というのは残念なのだが、診療所が困っていることもよく分かっている。そんなわけで、翌年度から、診療所の常勤となることを決めた。師匠は、わたしが診療所の医師になりたいこと、そのために九田記念病院を研修病院に決めたこともご存知で、また、師匠の研修医に対するスタイルとして、

 「来るものは拒まず、去る者は追わず、ただ、ここは君たちのmother hospitalなので、戻ってきたいときはいつでも戻ってきてください」

というお考えだった。


 そんなわけで診療所と、私の労働条件について相談をもった。その時の診療所の医師は理事長として上野先生、所長は基礎系研究者から診療所のアルバイトを経て、診療所の医療に共感し常勤医となられた源先生、そして、草創期から上野先生に誘われて非常勤を続けられ(元々の本職は某大学の教授)、数年前から診療所の常勤医となられた北村先生の3人だった。孝志先生は小児科の専門医資格を持っておられたが、先生が抜けられ、4人で回していた仕事を3人で回すのはしんどい(特に、上野先生、北村先生は70代になっておられたので)ので、ぜひ早く来てほしいとのことだった。九田記念病院の有給が2か月分ほど残っていたので、6月までは有給消化でゆっくりしたかったのだが、それまで待てない、ということでGW明けから勤務を開始することとなった。

 勤務は月曜日から土曜日まで、午前8時までに出勤。退勤時間は業務の状況で判断。日曜日にも時には医療講演会などの仕事が入ることがあること。当直は週2回。業務内容は病床(有床診療所なので)の患者さん全員の管理、外来、その他必要に応じて必要とされる仕事を行なうこと、という条件だった。診療所は土曜日も夜診まで行なっていたので、土曜日が半日勤務、ということはなく、月曜から土曜日までfullに勤務し、しかも当直も週2回。

 これがコンスタントに続くことのしんどさを理解するにはまだ若すぎたのだが、条件はともかく、診療所に医師として貢献できることがうれしかった。医学部受験前に上野先生がおっしゃってくれた

 「もし君と、同じ臨床の場に立てたら、僕はうれしいよ」

 という言葉に応えることができる自分になれたこともうれしかった。給料のことについても相談、転職サイトで見る求人の給料の平均よりは下回るが、九田記念病院での給料よりは上がることとなり、これについては言うことがなかった。


 話が決まり、労働契約も結び、九田記念病院には退職時期を決定して退職届を出すこと、あと私がいなくなった後の仕事をどうするか、ということが課題になった。もちろん、大きな病院なので外来も入院も問題なく引継ぎできるのだが、訪問診療については、以前にも書いたように訪問診療を好む医師、好まない医師がおられ、また、患者さんと医師との相性もある。


 のちに九田記念病院の訪問診療を離れるときに、地域医療部の責任者である看護師長さんから伺ったのだが、私の担当した患者さんからは、一度も主治医についてのクレームがついたことはなかった、とのことだった。これはかなり珍しいことで、私自身も誠意をもって訪問診療に当たっていたが、患者さんからも私の診療を受け入れてもらい、とてもありがたく感じた。話は脱線したが、

 「九田記念病院では現在、保谷先生の代わりに訪問診療をする医師がいないので、新規の患者さんは入れないが、今、訪問診療中の患者さんについては、非常勤医師として継続して訪問診療を続けてほしい」

とのことだった。これについては診療所に連絡し、訪問診療のある金曜日は、九田記念病院にいったん出勤、同院での仕事終了後、診療所に戻って業務を行なう、ということで決着した。


 そんなわけで、後期研修終了後は、敬愛する上野先生のもとで、今度は(建前上)一人前の医師として仕事をすることが決まったのであった。


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