第110話 答えはそこか!!

 とある日、ER当番であった私に病診連携室から連絡があった。近くのクリニックから102歳の女性で肺炎の疑い、当院での精査加療をお願いしたいとのこと。もちろん、九田記念病院では、他院からの紹介患者さんについての返事は「はい」か「Yes」しかない。そんなわけで受け入れをOKし、患者さんが搬送されてくるのをERで待っていた。


 15分ほどで患者さんが救急車で到着。数日前まではほぼ毎日デイサービスに通所できるほどの元気さだったが、数日前、デイサービスで突然血圧が低下したため、デイサービスを途中で切り上げ帰宅。自宅の裏が紹介元のクリニックであったため、同院に往診を依頼。1日に1回点滴を受けていたそうだった。当院受診当日、往診医より

 「呼吸音が悪くなってきた」

 との理由で肺炎を疑い、当院に紹介受診となった。意識はしっかりしており、受け答えもしっかりされている。血圧は90台と低め、心雑音は目立たず、呼吸音はckackleというよりも痰が絡んだrattling soundという印象であった。腹部に圧痛を認めなかった。


 いつものように採血を行ない、ラクトリンゲル液で点滴路を確保した。心電図はやや頻拍だが、明らかな虚血性変化は認めない。胸部レントゲンと、胸部、腹部のCTを撮るために放射線科に移動された。


 しばらくして、放射線科から私に連絡があった。

 「先生、大動脈瘤破裂の患者さんのことですが…」

 一瞬間違い電話だと思い

 「えっ?誰のことですか??」

 と尋ねてみると、

 「いや、保谷先生のオーダーで、今CT室に来ている102歳の患者さんですよ」

とのこと。

 「あぁ、わかりました。すみません。ERで画像を見ながらもう一度診察するので、撮影が終わったらERに戻してください」

 とお願いした。


 それで、病歴に納得がいった。デイサービスで急に血圧が下がったのは、動脈瘤が破れたためだろう。その時に痛みを感じたのかどうかはわからなかったが、高齢の方なので痛みに鈍くなっていたのかもしれない。


 患者さんはERに戻ってこられ、CT画像を確認した。加齢とともに椎間板の圧迫、椎体の圧迫骨折などで、身長が縮んでくるが、それに伴って、まっすぐ走行していた大動脈もたるみが出て蛇行するようになってくる。この患者さんではたわんでいた横隔膜直下、腎動脈分岐部、総腸骨動脈分岐部の3か所に瘤があり、いずれも破れているようで後腹膜に血腫を作っていた。腎動脈部分の血腫は左腎静脈を圧排していた。患者さんが低血圧ながら命を落とさなかったのは、以前、香田先生が言っておられた、

 「後腹膜出血は自然に止血する」

 という言葉が正しかったからかもしれない。


 本来なら、大動脈瘤破裂は心臓血管外科で管理すべきものであるが、102歳と考えると、手術適応はなく、また、その頃は大動脈のステントグラフトも臨床で使われていないころだったので、総合内科で看取りの方向で入院してもらうこととした。ご本人の認知機能は悪くなかったので、ご本人には

 「おなかを走る大きな血管が破れているので入院しましょう。若い方なら緊急手術なのですが、年齢を考えると、大手術になるのでお身体が耐えられないと思います。なので、このまま様子を見ていきましょう。腎臓に行く血管が塞がっているので身体がむくんで、腎臓の機能は悪くなると思います」

 と説明した。ご家族には、

 「大動脈が3か所破れて出血しており、若い方なら緊急手術を考慮するのですが、年齢を考えると手術適応はないです。手術をすると、それがもとで命を落とされると思います。なので手術はせず保存的に診ていきますが、腎臓の血管が圧迫されているので、腎臓がだめになると思います。おそらく腎障害で浮腫がひどくなり、命を落とされると思います」

 とお話しし、入院していただいた。


 思った以上に患者さんは元気で、入院当初はお話をされたり、お食事もしっかり食べられていた。積極的なリハビリは難しかったが、ベッド上で関節可動域訓練などを受けていただいた。ただ、やはり病状と、年齢のためか、予想通り、腎機能は徐々に悪化、浮腫も徐々にひどくなり、活気もなくなってきた。残念なことに、入院から2週間ほどたった日、ご家族の面会中に、突然具合が悪くなり、家族に手を取られながら旅立たれた。残念なことであったが、ご家族に手を取られながら旅立たれたのは、ご本人にとっては幸せな旅立ち方だっただろう

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