第108話 ちょっと疲れてきたなぁ。

 内科後期研修の4年間も終わりに近づき、その先の自分の進路をどうするか考える時期に来た。私たちのグループでは僻地病院への応援のため、後期研修医も3か月の僻地離島研修が私たちの代から課されるようになった。


 正直なところ、九田記念病院での仕事にも慣れと疲れを感じるようになっていた。初期研修医、そして後期研修の当初は医師として、自分の臨床力も、手技についても上達が実感でき、つらいこともたくさんあったが、医師としての成長が感じられるのがうれしかった。ただ、4年間、同じ仕事をすると、ある種の慣れが出てくること、自分自身はまだまだ未熟ではあるにもかかわらず、一通り、病院内の仕事をこなすことができるようになり、自分自身の中で煮詰まっていた。


 なので、後期研修医の3か月の僻地離島研修は、自分の気分を変えるために、外に出てもいいかなぁ、と思っていたのだが、院長と師匠の意見が衝突した。


 院長はグループの方針に従うことを是とし、また院長自身もしばしば外部の病院に出られるので、

 「保谷先生、初期研修とはまた違った経験ができるから、ぜひ僻地離島研修に行った方がいいよ」

 と勧めてこられた。


師匠は、院内の内科の状況を見ると、保谷を3か月間外に出してしまうと内科が回らない(往診もして、外来もして、ERもして、時には内科当直もして、患者さんもたくさん抱え、チーフレジデントとして初期研修医の教育にもかかわり、ICUから在宅まで幅広く仕事をしていたので)ことをよく理解していたので、

 「院長、院長の意見はごもっともだと思いますが、今、保谷先生に抜けられると、総合内科がボロボロになってしまいます。もし行ってもらうとしても、後1年は待ってほしいです」

 とおっしゃられていた。師匠の言うことももっとも、院長の言うことももっとも。外に出たい気持ちもあるけど、内部が大変になるのはつらいなぁ、と思っていた。また、当初は、僻地離島研修を行なう後期研修医が少なかったので、グループから

 「僻地離島研修を済ませた後期研修医は基本給を10万円増額」

 という方針も提示された。まぁ、グループのdutyとなった後期研修中の僻地離島研修(という名の人材派遣)はモヤモヤしながら、結局行くことはなかった。


 後期研修1年目から継続していた、恩師の診療所でのアルバイトは4年目を迎え、なんとなく、雰囲気をつかんできたような気がした。人は大きく入れ替わり、事務スタッフも、看護師さんも、事務当直時代から残っておられる方は少なくなっていた。もちろん、ある程度の修業を終えたら、診療所でお世話になろうと思っていたが、少なくとも何か

 「これが私の専門です」

といえるものを身につけてからかなぁ、とも思っていた。九田記念病院にはなかったが、私は腎臓に興味があり、電解質などを考えていくのが好きだったので、腎臓内科の修業に出ようかなぁ、などと考えていた。しかし、診療所側は、

 「一日でも早く、保谷君に戻ってきてほしい。診療所も医師不足でみんな疲れているんです」

 とのこと。


 なので、心はここにあらず。ERで、少し時間が空いているときに医師の就職あっせんサイトを見ながら、こんなところで医療をするのはどうかなぁ、などと考えたりしていた。揺れていた時期であった。



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