第103話 時に、診断は極めて難しい。

 ある日の夜間帯ERに、「前日から背中が痛い」という主訴で80代の男性が受診された。受診時にずいぶんと猫背になられていたので、

 「何か脊椎の病気をお持ちなのですか?若いころから猫背だったのですか」

 と伺うと、

 「いえ、数日前まで、背筋はしっかり伸びていました。昨日背中が痛くなってから、気がついたらこんなに猫背になっていたのです」

 とおっしゃられる。ひどい猫背なのに、猫背になったのはこの1日2日のことだとおっしゃられた。背中の曲がり方から考えると、上部胸椎に圧迫骨折の存在が疑われた。単純写真でもTh4~Th7辺りの脊柱が魚椎様変形を呈していた。


 上部脊柱の圧迫骨折、圧迫骨折の原因となりそうな外傷イベントがなく、病的骨折の可能性が高いと診断、整形外科に一旦入院となった。圧壊した椎体に対して、手術を行ない金属で不安定な胸椎を固定すると同時に、病的骨折を来したと思われる骨の生検を行ない、悪性腫瘍の鑑別を行なったそうである。


 骨生検では、明らかな腫瘍細胞の存在を認めなかったが、この患者さんの病的骨折の可能性を考え、悪性腫瘍の検索をお願いしたい、とのことで、総合内科チームに紹介があった。ERでのfirst touch(最初に診察した人)が私であり、ある程度の評価を終えたら患者さんは自宅へ戻りたいと強く希望されているために、訪問診療も視野に入れ、私に白羽の矢が立った。そんなわけで、この患者さんは入院中は整形外科主科、総合内科共観、という形で、患者さんに介入することとなった。


 患者さんにかかわるようになって数日で、手術中に採取した、病的骨折部の生検の結果が出たのだが、残念なことに、骨生検では有意な所見は同定できなかった。


 なので、総合内科では、骨転移を来すような悪性腫瘍を検索することとした。胸腹部造影CT、血液検査フルセットを提出したが、原因となる腫瘍性病変は見当たらなかった。GIFやCF、そして血液系の疾患を考えて、血中タンパク質電気泳動法や可溶性IL-2レセプターなども提出したが、はっきりした結論は出なかった。もちろん一般採血結果でも、グロブリン値の上昇はなく、多発性骨髄腫などは可能性が極めて低いとその時点では判断した。検査の範囲では有意なものが見つからず、ご本人の入院によるストレスも大きくなってきたので、いったん退院とし、在宅訪問診療を行ないながら、少し時期をずらして検査を進めていこうと考えた。


 在宅で診察していたが、そんなわけで、再度検査をを行なおうと考えた。もちろん在宅での検査なので大した検査ができるわけではないが、採血のfollowと、尿蛋白の電気泳動、免疫染色を行なった。尿中のBence-Jonesタンパクの存在の確認を行なった。


 尿蛋白の免疫電気泳動の結果をしばらく待ち(検査に時間がかかる)、結果を確認すると、ようやくBence-Jonesタンパクの存在を証明できた。脊柱の圧迫骨折は入院中には診断できなかったが、多発性骨髄腫であることが診断できた。


 その時点では在宅での生活に戻られていた患者さんに報告し、圧迫骨折の原因としては多発性骨髄腫の可能性が高く、今回の検査結果でようやく可能性のある疾患を見つけることができた、とお話しした。


 診断がついたので、血液内科を有する某大病院の血液内科へ紹介状を作成。現時点では自力歩行可能なので、奥さん付き添いで診察を受けてくるようお話しした。そして、同病院に予定入院となり、化学療法を受けられた。その後退院され、こちらからの訪問診療で、日常の全身状態の確認を行ない、軽度の感染症などについてはこちらで対応。多発性骨髄腫については血液内科に外来定期診察となった。


 その後しばらくは患者さんの状態は安定しており、定期の訪問診療も継続していたが、次第に患者さんの全身状態は悪化。血液内科への通院も、不定期、頻回になっていき、ついには、同院に入院となり、私の訪問診療から外れてしまった。


 その後しばらくして、患者さんが永眠された、との報告を受けた。この方の「多発性骨髄腫」を示唆する唯一の所見は尿の免疫電気泳動検査だけであり、血液の免疫電気泳動検査や免疫グロブリン量、組織診も含め、それ以外の検査データはすべて多発性骨髄腫を示唆するものではなかった。非常に診断には苦慮した患者さんだった。

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