第93話 姑息的治療

 ある日、70代後半の認知症の強い男性が入院された。息子さんと二人暮らしの方で、息子さんが言われるには、最近食欲がなくなってきて、食事をとってしばらくすると嘔吐するようになった、とのことであった。体重も減ってきているとのことであり、上部消化管に何らかの悪性閉塞が起きているのでは、と思われた。食べてしばらくしてから嘔吐、なので、ある程度胃の中に食物がとどまっていると思われ、上部消化管内視鏡が必要と考えた。


しかし、認知症がひどいので、内視鏡をするのも極めて困難であった。高齢の方にはあまり使いたくない鎮静剤を使い、動き出しそうなときはスタッフで身体を抑え、何とか評価ができた。診断はやはり胃の幽門側(出口側)に腫瘍(おそらく胃がん)があり、幽門をほぼ塞いでいる状態だった。胃がんと強い認知症はあるが、それ以外は頑強で元気そうな方だったので、何とか食事がとれるようになって、もうしばらく元気で過ごしてほしいなぁ、と考えた。


 「姑息的」という言葉を聞くと、どこか「ずるい」というような印象を持ってしまうが、本来の意味は「一時的な」という意味である。この患者さんに根治を目指した手術をするのは、術後の指示に従えないため、困難であることは容易に推測できた。同期の外科研修中の窪ちゃんに相談すると、「ほな、なるだけ小切開で胃-空腸吻合術をするわ。術後、落ち着いたらまた総合内科に返すけどかまへん?」と引き受けてくれた。息子さんにも病状説明し、外科に転科、姑息的治療として胃-空腸吻合術を施行。術後の経過を見てくれ、縫合不全が起きていないことを確認した時点で総合内科に患者さんは戻ってこられた。手術は非常に効果的で、患者さんは認知症の影響もあって、食事を食べる食べる。体重も少し戻って、ADLも、看護師さんが困るほど動けるようになったため、退院とした。患者さんはその後、半年ほどはお元気で過ごされ、最後は、悪性腫瘍が全身に広がって、衰弱がひどくなってきたとのことで再入院された。もうその時点では行えることはあまりない。痛みのないように管理し、最期を看取った。


 適応を考えれば、姑息的な手術はものすごく効果的であることを実感した。



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