第92話 胃瘻を造ること
九田記念病院の訪問診療では、胃瘻を造設している方が多かった。急性期病院ではある種、胃瘻は必要なツールである。
急性期病院では高齢、認知症、脳血管障害などで経口摂取が困難となった方が、毎日何人も入院してこられる。もちろん嚥下機能を評価し、残存した嚥下機能で経口摂取の能力を取り戻してほしいとリハビリを行なうのであるが、如何せん急性期病院の宿命、入院期間に制限があり、ゆっくり時間をかけて嚥下訓練を行なう余裕はない。
急性期病院では、入院期間は平均14日間と厚生労働省は定めているが、実際のところ重症で救急車で搬送されてくるような方が14日間で決着がつくわけない(元気な方の心筋梗塞でPCIがうまくいった人くらいか?)。また、不完全な経口摂取、末梢点滴がつながった状態で、「看取り目的」以外で受け入れてくれるところは極めて少ない(特に施設では皆無)。
ということで、何らかの形で身体に生存に必要なだけのエネルギーを入れる方法を用意することが必要である。栄養を入れるルートとしては、鼻からチューブを胃まで挿入する経鼻胃管(NGチューブやフィーディングチューブともいわれる)、胃瘻、そして、血流量の多い中心静脈にカテーテルを留置し高エネルギーの点滴を投与する中心静脈栄養(TPNと略す)がある。TPNはもともと、何らかの消化器疾患で小腸を広範に切除した人に対する栄養法で、小腸はある程度の長さがなければ、十分に消化管から栄養吸収ができない(短腸症候群)。なのでTPNが開発されるまでは、短腸症候群の方はゆっくりと餓死していく、ということになっていた。
上記の3つの栄養法はそれぞれ利点、欠点があり、NGチューブは手技は簡易だが、患者さんは常に鼻からのどにチューブが留置されているために違和感が強く、場合によってはチューブを自身で抜いてしまうことがあり、中途半端に抜いてしまえば、栄養が肺に入ってしまって窒息するリスクや、繰り返しチューブを抜く人はミトンの手袋などをつけてしまい、チューブを抜けないようにする「抑制」あるいは「身体拘束」が必要となることがある。
TPNは血管内に人工物が入っていると、そこに感染を起こしやすく(CRBSI:カテーテル関連血流感染症)、カテーテルを抜去する必要があり、場合によっては感染した菌が心臓の内膜(感染性心内膜炎)や血管壁に感染して瘤を造る(mycotic aneurysm)ことがあり、それが原因で命を落とすこともある。
胃瘻は造設時にはちょっとした手術となるが(多くの方は、内視鏡を使って、内視鏡室で行なえるPEGを施行可能)、安定してしまえば、痛みもなく、長期的に安定して栄養ルートとして使えるものなので、基本的にはその3者の中では強く胃瘻造設を進めていた。また、胃瘻であれば受け入れ可能、という施設も多かったので、その点でも、胃瘻を造設することが要求されることが多かった。
特に高齢者や脳神経疾患などで、胃瘻の抜去が難しい方に対して胃瘻を造設することに対しては、
「それは延命治療ではないのか!」
という批判の声が多いことは理解していた。しかし、地域の救急医療を担う病院としては、搬送の依頼がある患者さんを断らずに受け入れ、何らかの形で評価、治療、処置を行ない、速やかに次の段階に移っていただく必要があった。
私個人は、あまり胃瘻を造らず、可能であれば嚥下訓練を続けたい、と思う方であったが、それでもいつまでも、というわけにはいかない。少なくとも胃瘻造設を考慮する患者さんは、入院から、胃瘻造設までに4週間程度は嚥下訓練を続けて、改善しないことがほとんどだった。平均入院期間が厚生行政からは14日間と指示されているのに、28日間も入院させれば、いろいろと医療以外の面で問題が出てくる。
現在急性期病院はほとんどがDPCという制度で診療報酬を得ているのだが、平均入院期間より短く退院、転院させれば診療報酬が加算、逆に平均入院日数から1週間以上入院期間が延びてしまうと、診療報酬が減額となってしまう。長く入院させるほど、病院は赤字になるので、事務部から早期退院の圧力がかかってくる。また、ベッドに空きがなければ、救急患者さんを受け入れることができない。これは急性期病院として致命的である。
毎日20台以上の救急車がやってくる九田記念病院では、患者さんを早く退院させ、ベッドを空けなければ、新たな重症患者さんを受け入れできない。受け入れができなければ、この地域の医療崩壊につながるわけである。そんな理由で、ある程度の嚥下訓練期間が過ぎ、速やかに経口摂取ができる見込みがなければ、ご家族にお話をして胃瘻を造設せざるを得なかった。それは地域医療を守ること、病院を守ることでもあった。
ただ、そのために
「患者さんを犠牲にしている」
ということではないことも理解していただきたい。前述の通り、私の訪問診療を受けている方の多くは胃瘻を造設していたが、胃瘻を造設し、ご自身は開眼することもなく発語もない、寝たきりの状態であるが、そのご主人の世話している奥様やご家族から、
「お父さんが元気で生きていてくれるから、それがうれしい」
とおっしゃられる方が多かった。中には、ご主人の周りに自作の詩や絵画を飾っておられた方もおられた。その方のお宅では、私たちもたくさんの笑顔をいただいた。おそらく、奥様は何度も死線をくぐられてきたご主人のことを思って、何度も涙したことだろうと思う。それらを乗り越えて、その言葉が出てくるのだろうと思う。ご夫婦のお話を伺ったことがあるが、地方から大阪に出てきた奥様はいろいろなれない場所で苦労されたそうだが、ご主人が奥様を精一杯守られたとのことであった。与えたやさしさは、愛情となって、ご主人のもとへ帰ってくるのだろう。私たち夫婦の話も、よく笑い話のネタにさせてもらった。
また別のお宅では、やはりご主人が、おそらくクモ膜下出血だったのだろうか、気管切開、胃瘻造設を行なっておられた。奥様とおそらく一人娘さんが介護されていた。このご家族にとっても、胃瘻で命を繋いでいるお父様はとても大切な存在なのだと訪問診療のたびに感じていた。ご本人は開眼もしない、自発呼吸はあるが、言葉を発することもない。それでも、
「先生、ほら、先生が来られたから、お父さん笑っているんですよ」
と日々、介護をされている人にしかわからない微妙な表情を感じ取って、家族のcommunicationを取っておられた。
これは余計な話かもしれないが、患者さんお二人とも、私が訪問診療を行なっている間も、何度か肺炎などで入院されることがあった。その際に全身の検査を行なうのだが、特に心に残っているのは後者のご主人のことである。頭部のCTを取ると、入院のたびに、水頭症の進行なのか脳室はパンパンに拡張し、その分大脳白質(大脳皮質の神経細胞から出ていく、神経の束)はほぼなくなり皮質(脳の表面にある脳細胞)だけが残っている状態が進行していった。ある時の入院で、頭部CTを撮影したときに、頭部CTが今までに見たことのないような状態になっていた。系統立ててゆっくり読影すると、水頭症が極限まで進行し、とうとう側脳室が大脳皮質を穿破してしまい、穴が開いてしまった部分の大脳皮質が弁の様にフワフワと髄液の中に揺れている状態だとようやく理解できた。
そのような状態の脳を持つ方が意識、感情を持つことが可能か、と問われると、医学的には不可能だろう、と答える。その一方で、ご家族がお父様の表情を見て、その感情を読み取っておられるか、という問いにはYesと答えたい。
胃瘻を造ることで、傍目には「ただの延命治療」の様に見えても、当事者たちにとっては、
「かけがえのない大切な人の命を守る医療」
なのである。臨床医学の難しさは、状況によって、同じ問題に対して全く逆の答えを出さなければならないことがある、ということである。
そんなわけで、総合内科チームは患者さんの早期退院を図り、新たな救急患者さんの受け入れベッドを確保するため、それと同時にかけがえのない大切な人の命をつなぐために、胃瘻造設を行なっていたのである。
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