第89話 前回は元気だったのに…。

 初期研修医2年目の時にネフローゼ症候群の治療で苦戦し、その後師匠から引き継いで訪問診療を行なっていたW君、その後はネフローゼの再発もなく穏やかに過ごしていた。ときに誤嚥性肺炎を起こしたりして、抗生剤を投与することはあったが、入院することはほとんどなく、自宅で過ごしていた。お母さんが主介護者だったが、お母さんが不在の時には、おじいさん、おばあさんが対応してくれていた。


 4月のある金曜日、おじいさんが風邪を引いたみたい、とのことで外来受診に来られた。本当は私の外来に受診したかったそうだが、その日、私の外来枠がなかったので、後輩の浦先生の外来に受診された。

 身体所見ではあまり目立った問題はなさそうだったそうだが、念のため、採血をしておこう、と考え、血液検査をオーダーしたそうだ。


 血液検査の結果は、不自然に血小板が低下していた。通常は15万以上あるはずの血小板が4万ほどになっていたらしい。腹部の超音波検査を行なったところ、脾臓が腫れていた。血小板減少と脾腫、と考えると、ITP(特発性血小板減少性紫斑症、自分自身の血小板に結合する抗体(PA-IgG)が作られ、血小板が脾臓で壊され、血小板が減少する疾患)が最も疑わしいと考えたそうだ。

 「この年齢でITPってあるのかなぁ」

 と彼は考えたそうだが、同日入院の上、ITPの標準治療であるステロイド投与を行なった。ところが、おじいさんの体調は急激に悪くなり、血液データも急速に白血球が増え、LDHも1000を超えるような状態になった。フェリチンは振り切れていたようで、どうも血球貪食症候群を起こしていたらしい。週明けの総合内科カンファレンスでおじいさんを確認したときは、血球貪食症候群とDICを併発している状態で、予後不良の状態だった。火曜日におじいさんは永眠された。高齢の方ではあったが、本当にあっという間のことだった。浦先生も、師匠もその経過の速さに驚いていた。


 前回の訪問診療の時はお元気に対応してくださっていたのに、今回の訪問診療ではお仏壇の中におられる。どのような疾患でもそうだが、時に人の命はあっという間に消え去っていく。そのことを改めて痛感した出来事であった。


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