第88話 薬剤歴はとても大切!

 ある日のER、ボスから私に電話がかかってきた。

 「肺炎の患者さんがおるから、保谷、よろしく」

 とのこと。すぐにERに向かい、患者さんにお会いし診察を行なう。


 患者さんは80代の女性の方。もともと関節リウマチで他院通院中であり、治療のため、リウマトレックス(メトトレキセート、細胞内の酵素DHFRを阻害し、DNA合成を阻害する薬剤、白血病の治療薬として使われることもあり、免疫細胞の分裂増殖を抑えることで抗リウマチ作用を出すと考えられている)を継続内服中であった。1ヶ月ほど前、当院消化器内科で上部消化管内視鏡を行ない、中分化型の胃がんを発見された。手術を勧められたがご本人が拒否。抗がん剤治療としてTS-1(DNA合成阻害剤)を処方され、内服を開始されたとのこと。


 3日前から38度台の発熱、呼吸苦を自覚し、改善しないため、救急車を要請、当院に搬送されたとのことであった。血液検査は白血球1400,好中球350,CRP 28、胸部レントゲンで両側の肺野にすりガラス影、胸部CTも両肺野に散在するすりガラス影を認めた。当院でのカルテを確認したが、関節リウマチの既往、リウマトレックス使用中、との記載は見つからなかった。おそらく、DNA合成を阻害するリウマトレックスとTS-1を同時併用したため、著明な好中球減少症を呈し、肺炎を発症したものと推測。好中球減少症時の肺炎として緑膿菌をカバーした広域スペクトラムの抗生剤を開始、β-D-グルカンを追加で提出し、好中球の増加を促す目的でG-CSF製剤で治療を開始した。入院時は活気があった患者さんが、数日の経過で徐々に元気がなくなってきた。画像所見も悪化傾向にあった。呼吸器内科の栗原先生に相談。その週の気管支鏡の検査日に予約を入れ、サイトメガロウイルス(CMV)と、Pneumocystis jirovetiiのPCRを取ろう、ということになった。数日後の気管支鏡の検査日、栗原先生にsuperviseしてもらいながら久しぶりに私が気管支鏡を行ない、CMVとニューモシスチスのPCR検体を採取、検査に提出した。


 その数日後、PCRの検査が出る前に、β-D-グルカンが高値で結果が帰ってきた。おそらく患者さんは免疫不全によるPCP(ニューモシスチス肺炎)の可能性が高いと診断した。PCPはAIDS患者さんで有名だが、Up to dateによると、AIDSによるPCPよりも、その他の原因で発症したPCPの方が予後不良とのことであった。検査の結果が出た時点で、好中球減少症からは離脱できており、教科書に沿って、ステロイドとST合剤を開始した。院内採用薬は錠剤ではなく、粉薬であったため、患者さんは内服に苦労していたが、

 「大事な薬なので飲んでくださいね」

 と励まし、ST合剤を継続した。


 しかしながら残念なことに、患者さんは徐々に衰弱、食事もとれず、薬も飲めなくなってしまった。胸部の画像は悪いままの状態。Key personの息子さんには、予後が不良で、もう1週間は持たないだろうとお話しした。そして患者さんは旅立たれてしまった。


 非常に残念なことは、TS-1を開始するときに、MTXを内服していることを確認できていたらこのような結果にはならなかったであろう、ということだった。九田記念病院は外来患者さんについても院内調剤を行なっていたが、TS-1処方時にもし患者さんがお薬手帳を持っておられたら、薬剤部で気づいてくれたのかもしれないのに、と残念であった。


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