第79話 感染性心内膜炎

 診断がつきにくい疾患の一つに、感染性心内膜炎がある。感染性心内膜炎についてはいくつか思い出があるので、少しつづってみようと思う。


 初期研修医のころ、新入院の患者さん、外来での精査では熱源は不明とのことで入院となられた。身体所見を取ると、指先に点状の皮疹が。

 「あぁ、これはJaneway病変ではないか!」

 と指導医の先生に報告。指導医の先生と一緒に皮疹を見ていただいたが、指導医の先生は患者さんに一言、

 「糖尿病で、ご自身で血糖測定をしておられますか?」

と。患者さんは、

 「はい、毎日しています」

とのこと。

 「ほーちゃん、これ、自己血糖測定の痕やで、着眼点はいいと思うけど、併存症とか、頭に入れとかなあかんでぇ」

 とたしなめられたことを覚えている。ちょっと恥ずかしい思い出である。


 後期研修医時代、80代で認知症のひどい女性の方。熱源不明の発熱で入院された。入院時の診察では、咽頭発赤なく、頚部リンパ節の腫脹を認めず。心音、呼吸音に異常を認めず。腹部は平坦、軟、圧痛を認めず。四肢の関節に腫脹熱感を認めず。血液検査では著明な白血球増多、CRPの上昇を認めたが、肝、胆道系酵素の上昇を認めず、検尿沈査は膿尿を認めるが、急性腎盂腎炎を示唆するのか、無症候性膿尿を見ているのかは判断困難。血液培養2セット、尿培養を提出、画像評価として頭部CT、胸腹部CT、経胸壁心エコー、腹部エコーを行なった。いろいろと検査を行なったが、熱源ははっきりしなかった。熱源不明の発熱として、ABPC/SBT 1.5gをq8h(8時間ごと)で開始し、経過を観察した。

 数日の経過で解熱、血液検査も白血球、CRP値も改善してきた。血液培養からは2セットともG群溶連菌が検出された。尿培養はpolymicrobial patternで、こちらは無症候性膿尿と判断した。この時点で本当なら起因菌から気づくべきだったのだが、あまり深く考えることなく、

 「溶連菌の菌血症やけど、ペニシリン系の抗生剤を使っていて、しっかり効果も出ているし、治療は継続で行こう」

 とそのまま立ち止まることなく治療を継続した。


 月が替わり、新たに1年次研修医が僕と鷹山先生のチームに参加した。毎日たくさんの入院患者さんがいるので、初期研修医の先生もすぐにたくさんの患者さんの担当となる(もちろん、僕らが背後で、同じように診察し、アセスメントして、治療方針については議論をするので、決して1年生に丸投げすることはない)のだが、今僕たちが抱えている患者さん数名も一緒に担当してもらおう、とのことで、この患者さんを一緒に診てもらうこととした。


 「この患者さん、認知症のある方で、血培でG群溶連菌が陽性になった熱源不明の女性の方、今の問題点は入院後、食事が全く進まなくなったこと・・・」

 と研修医の先生に説明しながら心音を聴取すると、入院時にはなかった(と記憶している)胸骨右縁第二肋間に「シュッ、ターン」という収縮期駆出性雑音と拡張期の高調な雑音が聞こえた。

 「あれっ?入院時には心雑音はなかったぞ?」

と思った瞬間に血液培養の結果との関連が頭の中でつながり、

 「あぁ、この方、G群溶連菌を起因菌とする感染性心内膜炎だ!」

と気が付いた。

 「先生、ごめん。今の説明間違えてた。鷹山先生も、すみません。今聴診してわかりました。この方、G群溶連菌による大動脈弁の感染性心内膜炎だと思います」

と訂正した。


 もともと認知症の強い方で80代なので、侵襲的な治療の適応ではないと思われ、治療方針としては大きく外れていたわけではなかったのだが、その時点まで気が付かなかったのは恥ずかしいことだと思った。


 この患者さんのKey personは息子さんだったのだが、面会、病状説明を希望され、息子さんに会うたびに、

 「お母さん、ご飯は食べれるようになりましたか?いつ頃ご飯を食べられるようになりますか」

とご飯のことばかり気にされていた。当初は詳しく病状、病態について説明をしていたのだが、毎回ご飯のことばかり聞かれるので、

 「ご飯は出しているのですが、ご本人の食欲がなく、また認知症が進むと、ご飯を『ごはん』として認識できなくなり、食事をとれなくなることがしばしばです。ご飯はほとんど食べられておらず、食べられるようになる見込みも厳しいと思います」

 と繰り返し同じことをお話しするようになっていた。


 こちらの病状説明はわかってもらえているのかなぁ、同じことを聞かれて、同じようにおうむ返しして、なんだかなぁ、息子さんに分かってもらえているのかなぁ?と思いながら経過を見ていた。病状説明についても、相手に分かってもらえるレベルでお話しするので、あまり理解されていない、ということを感じると、どうしても簡単な言葉で、おおざっぱな説明になってしまう。


 そんなある日、息子さんの奥さん(いわゆるお嫁さん)が来院され、

 「お話を聞きたい」

 とのことだった。病棟でお話をすると少し言葉をやり取りするだけで、お嫁さんの方がはるかに理解力が高い印象を受けた。なので、来院されてからの経過、診断、現時点での治療の方向性、Key personの息子さんは経口摂取に期待を持っているが厳しいこと、胃瘻造設やCV挿入、NG挿入は希望されなかったので、末梢点滴で管理しているが予後は厳しいことを詳しく説明した。

 「先生の説明はよく分かりました。方針についてもわかりました。私は〇×病院(非常に高名な病院)の看護部長をしています。先生方のお考えはよく分かりましたので、私としては何か批判しよう、とするつもりはないのですが、義母の看護を見ていると、同じ看護師として、非常にレベルが低くて、腹立たしいことがたくさんありました」

 とのこと。具体例をいくつか伝えてくださり、

 「どうかこれらのことは病棟師長に伝えて、ぜひ改善をお願いしたいです」

と言ってお帰りになられた。もちろんこのことはすぐ病棟師長に伝え、

 「今後、しっかり改善していきます」

 ということになった。

 

 最も病状をよく理解できる人が必ずしもKey personとは限らない、ということを痛感した患者さんでもあった。いろいろと至らないところを勉強させていただいた患者さんであった。


 その後、幸か不幸か、私のところに感染性心内膜炎の患者さんが来ることはなかったのだが、鷹山先生には2名ほど、感染性心内膜炎の患者さんが入院された。Dukeの分類で感染性心内膜炎とあたりをつけ、循環器内科の先生に経食道心エコーをしていただき、疣贅の確認。2名とも60代の男性の方であり、抗生剤治療に反応せず、弁膜症、心不全のコントロールも悪くなってきたため、心臓血管外科に転科し感染弁の置換術を施行。幸いに二人とも、術後の経過はよく、心臓血管外科で今後のfollowをする、とのことで退院となられた。


 年齢や基礎疾患、後は血液培養での検出菌をみて、しっかりあたりをつけるのが重要だと痛感した。



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