第78話 次郎ちゃん、熱を出す。
次郎ちゃんが2か月に入ったころ、38度台の熱が出たと妻から連絡があった。小児科研修時代、
「3か月までのbabyの発熱は緊急事態、速やかに小児科専門医の診察を。6~7か月までのbabyは、採血followが可能なら、自分で診てもよい。8か月を超えると、小児特有の疾患を念頭に置きながら、普通の内科診察と同様に考えてよい」
と指導されていた。なので、「2か月での発熱」は緊急事態である。妻に、すぐ、うちの病院の小児科を受診するように伝え、受診してもらった。小児科の先生からは
「少し胸の音も悪く、どうもRSV感染症と思います。明日市民病院の小児科に入院してもらうことになっています。今日はこちらで入院してもらいます」
ということになった。ラッキーなことにその日は私が当直の日。妻から義母に、太郎ちゃんを見てほしいので泊まりに来てほしい、と連絡。次郎ちゃんの様子と付き添っている妻の様子は、ERが落ち着いている間に何度か私が見に行った。
翌日、市民病院小児科に転院。転院後、数回太郎ちゃんを連れてお見舞いに行ったように記憶しているのだが、記憶はもうあいまいになっている。妻が必要なものをメールで知らせてくれ、それをもって言った記憶は残っている。次郎ちゃんはやはりRSV感染による急性細気管支炎。呼吸不全を起こすことはなく、数日で退院することができた。RSV感染後、喘息を併発することが多く、ずいぶん心配した。咳が続けば吸入器を購入して吸入をしたりしていたが、その後、あまり重症化することはなく経過し、今は全く喘息発作は見られない。
3か月未満のbabyちゃんの発熱は緊急事態、ということは知識として知っていても、いざ自分の子供がそうなると、慌ててしまうものである。
次郎ちゃんの発熱については、もう一つエピソードがある。
次郎ちゃんが7か月か8か月かくらいの時に熱を出した。自宅から一番近い小児科が九田記念病院なので、そちらを受診。鼻水も出て、咳も出ていたので「風邪症候群」と診断。薬を処方してもらった。
もともと次郎ちゃんはよく寝る(逆に今は眠れない方)子供だったのだが、熱が出てから、寝っぱなしになってしまった。何とか水分や食事をとらせようと刺激を与えると、少し目が覚めるが、またしばらくすると眠ってしまう。熱は順調に下がり、食事もとり、見た目には重篤感はないのだが、ただただ眠っていた。
少し鼻水が残っていたので、妻が
「今日、もう一度小児科の先生に診てもらう」
と言っていたのをぼんやり覚えながら、いつもの通りに仕事をしていたところ、突然小児科外来から院内PHSがかかってきた。
「小児科の先生が一体どうしたんだろう?」
と思いながら電話に出ると、
「保谷先生、すぐ小児科外来に来てくれませんか」
とのこと。いったい何だろうと慌てて小児科外来に行くと、妻と次男ちゃんが。
私もそろったところで小児科の先生から、
「前回処方した薬のうち、セルテクト(抗ヒスタミン薬、鼻汁などを抑える)の量を誤って10倍量で処方していました。大変申し訳ありません」
と謝罪された。
抗ヒスタミン薬は副作用で眠気が出ることがあり、セルテクトは眠気の出にくい薬なのだが、さすがに10倍量を飲むと眠くなったのだろう。次郎ちゃんは薬が効きすぎていたのだった。
初回に診察してくださった先生が、誤って10倍量を電子カルテに入力、九田記念病院は院内調剤だったのだが、薬剤師も10倍量になっているのに気付かず調剤していたとのことだった。
妻がどう感じたのかはわからないが、私は
「こわ~~っ!」
と思った。初回に診察してくださった先生もベテランの先生で、セルテクトはよく処方される薬である。誤って10倍量を処方したのは「ヒューマン・エラー」である。
人は誰でも、ちょっとした勘違いをしたり、言い間違いをしたり、数字の桁を間違ったりするものであり、いわゆる「安全工学」の立場からは、「ヒューマンエラー」をなくすことは不可能とされている。なので、システムを作成する場合には、ヒューマンエラーが起きても、悪影響が起きないように構築するのが原則である。今回怖いと思ったのは、医師と薬剤師、別々の目で見ている(ダブルチェックをしている)のに、どちらもミスをスルーしてしまっていることである。よく処方されている薬なので、10倍量で処方されていれば、ほとんどの場合「あれっ?この年齢の子供にこの量は多いよなぁ」と感覚で気がつくのだが、そこも通り抜けていた。
ヒヤリハットの法則ではないが、やはりごくまれに、こういうことは起きるのである。明日は我が身、かもしれないのである。
とにかく、次郎ちゃんが爆睡していた原因は分かった。ウイルス性脳炎などを起こしていたわけではなかったのは良かった。でも本当に「明日は我が身」なのである。
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