第75話 両側声帯麻痺

 とある日、師匠のところに他院からの紹介の連絡があった。

 SAH後の遷延性意識障害のため、療養型病院で長期入院中の患者さんが、その日の朝からゼーゼーと喘鳴がひどく、SpO2も低下しているので、精査加療をお願いしたい、とのことだった。その日のER当番は別の研修医が担当していたので、師匠は彼に連絡、師匠も後で覗きに行く、とのことだった。


 患者さんがERに到着したが、喘鳴はwheeze(ヒューヒューする呼吸)というよりも、stridor(息を吸いながら「あーっ」と言ってもらうと出てくる声みたいな呼吸音)だった。呼吸もシーソー呼吸(息を吸おうと胸郭が膨らむとおなかが凹み、息を吐こうと胸郭が縮むとおなかが戻るような呼吸状態。胸とおなかでシーソーをしているようなのでこの名前がついている。気道閉塞を強く示唆する所見)となっており、SpO2も80代後半になっていたとのことだった。師匠のところに状態が伝えられると、師匠は大急ぎでポータブル気管支ファイバーをもってERに降りていかれた。しばらくして、師匠が上がってこられ「両側の声帯麻痺だ。外科に連絡して気管切開をしてもらわないと」と仰り、村野先生に連絡されていた。


 呼吸の時にも声帯は運動していて、吸気時には声帯が開き、呼気時には少し閉まる。発声の時は声帯が閉じて声が出るのだが、両側声帯麻痺で両側の声帯が閉じていると息が吸えないので、窒息してしまうのである。また、閉じた声帯の隙間から空気が入るので、stridorが聴取されるのである。


 患者さんは速やかに外科で気管切開術を受け、数日の経過で、元居た病院に戻られた。素早い対応で、適切に診断がついてよかった症例だった。

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