第72話 家族の祈りと代替医療、それは善意なのか?

 大阪で有名ながん治療の某病院、それぞれのがんに対して、非常に良い治療成績を保っている。日本国内でも屈指のがん治療病院であるが、その「非常に良い治療成績」がどこから来ているのかを知っている人は多くない。


 例えば、胃がんを考えてみようと思う。5年生存率を上げるために最先端の治療を行なう、それは素晴らしいことだが、治療成績を上げるためにはもう一つ大切なことがある。それは、そのがんで手の施しようがない方を、緩和医療という形で他院に転院させることである。そうすると、その病院で胃がんで亡くなる患者さんは減少する。ということは治療成績が上がる、ということにつながる。


 もちろん、患者さんを適切な緩和治療の受けられる病院に、段取りをつけて移動してもらうことは決して悪いことではない。ただ、すべての患者さんが、適切に緩和治療につながっているのかどうか、という点については、どんなものなのだろうか?


 その病院は夜間の救急患者を決して取らないことで、少なくとも九田記念病院ERでは有名だった。

 「〇△◇センターに××がんで通院中の方です、呼吸苦で救急依頼があり、SpO2の低下があります。〇△□センターに受け入れを依頼しましたが受け入れ不可、とのことでお願いしたいのですが」

 というような救急隊からの依頼を何例受け入れたのか、覚えていないほど当たり前にあったことであった。


 もちろん治療を積極的に行なうことを中心とする病院であるから、治療の適応外になれば手を離すのが当たり前で、それを責める気持ちは毛頭ないが、治療成績についてはそのような背景があることもご存知いただきたい。


 そして、少し話はそれるが、頻度は多くないものの、悪性腫瘍の終末期で入院された患者さんの中に、代替治療を継続されているかたが時々おられた。


 代替医療の中で、丸山ワクチンは、「治験」という形で一応医療の枠組みの中に組み込まれているのだが(なので、書類書きが手間であった)、免疫治療(現在のオブジーボのような免疫チェック機構阻害薬などではなく、リンパ球治療など)を受けておられる方が末期の状態で入院されることが時々あった。


 リンパ球治療を受けられている方は、2週に1回、50mlの血液を採血し、試験管に分注。ご家族が血液検体をその医療施設に持っていき、その施設でがんに反応するリンパ球を精製、活性化する(との触れ込みの詳細不明な)処理を行ない、完成した製剤が1週間後にご家族に送られてくる。それをこちらの病院に持参して点滴する、という治療だった。患者さんは、がんの末期でひどく痩せておられ、採血を取るべき血管もなく、50mlも血液を取ったら命がなくなってしまうのではないか、というくらい衰弱されているのだが、何とか大腿動脈(大腿静脈はペシャンコになっていて、採血が引けないくらい)から50mlの血液を採血し、指定の試験管に分注し、ご家族にお渡しした。


 ご家族はその治療に最後の期待をされていたので、中止を言い出すのもはばかられたが、入院して2週間ほど、その製剤を注射した2日後くらいに旅立たれたので、それが有効だったかどうかも不明である。しかも、丸山ワクチンは「治験」という形なので、投与後の経過を報告する書類を記入していたのだが、リンパ球治療を行なっていたクリニックからは、こちらに、経過をフィードバックするための書類も何も回って来ていなかったので、その治療を行なっている医療機関(といっていいのか?)が、その治療結果に責任を持っていたのかどうかもわからない。学問的に統計学的解析をしていたとも思えない。そんなところに何十万、何百万円もお金を払うのである。


 女優の川島 なおみさんがCCC(胆管細胞がん)で亡くなられてから、もうずいぶん経つが、以前、ご主人が書いたエッセイが心に残っている。

 「なおみさんの最初の主治医は淡々と病状、病期を説明し、この治療を行なえば平均余命はこの程度、こちらならこの程度、と表情を変えずに説明してくれた。なおみさんは、その淡々とした態度に不信感を持ち、民間医療に傾倒。なおみさんが主治医に選んだ医師は、なおみさんの話をしっかり聞き、共観の態度を示していたが、金の棒でおなかをさする治療で、1回20万円以上の治療費だった。そしてなおみさんは、淡々と説明した医師が、

 『提示した医療のどれも受けない場合は平均予後はこの程度』

 という予測通りに旅立たれた。なおみさんご自身は、自身の治療に納得していたかもしれないが、自分としては、淡々と説明した冷たい印象だけど正しかった医師、すごく親身になって話を聞いてくれたけど、金の棒でおなかをさするだけで20万円を毎回請求していた医師、どちらが本当の医師なのか、今でもわからない」

 とのことであった。


 私が転職を考えたとき、エージェントのホームページを見ると、破格の金額で、そのような治療院が医師の募集を出していたが、そのような場所で勤務している医師はどんな医師なのだろうか、非常に不思議である。少なくとも私は、そのようなところで働くつもりはなかった(たとえ破格の給料であったとしても)。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る