第71話 なんでやねん!!!

 ある朝の総合内科振り分けカンファレンス、

 「あれ?こんな人いたっけ?」

 という人が目に入った。


 電子カルテを開けて、カルテを見てみる。前日の午前診に、尿管結石の精査目的で泌尿器科に受診に来た60代男性の患者さんであった。待合室で悪寒戦慄が出現しERに移動、炎症反応が上がっているとのことで、ERで抗生剤の点滴をされ、1日500mlの点滴と抗生剤の点滴の指示だけが入力されていた。そして主治医を「内科医師」として、総合内科に連絡なく入院となっていた。


 ERの石井先生が総合内科に入院をさせるときは、必ず

 「総合内科にこんな人入院させたから、後はよろしく」

 と怖い声で連絡があるので(そういう点では、ボスは律儀できっちりしている)、ボスが知らないところで入院になっていたのかもしれない。


 入院後も40度近い発熱が続き、尿も出なくなっていた。そんな状態なのに、総合内科にも、夜間帯は内科当直医にも連絡がされず、放置状態となっていた患者さんだった。


 「なんやねん、これ!みんなこの患者さん放置やんか!なんで俺らに一報くれへんねん!」

 と激しく腹が立った。とはいえ、患者さんの状態を記載した看護師さんのカルテを見ると、尿は出ておらず39度後半の発熱、血圧は70台とのこと。

 「これ、このままやったら死んでしまう」

と思った。


 こんな症例を初期研修医に持たせるわけにはいかない。じゃぁ、誰が診るんだ?


しょうがない。

 「この患者さん、俺が診るわ」

 ということでさっさと振り分けカンファレンスを終え、病棟にダッシュ。患者さんの診察に向かった。


 とてもラッキーなことに、患者さんの意識は清明で、

 「えらいしんどいわ」

 とのこと。

 「カルテを拝見しました。誰からも、あなたが入院されたことを私たち総合内科に連絡してこなかったので、把握が遅れてしまいました。すみません。私が主治医として担当します」

 と謝罪とあいさつ。


 すぐにICUへの転床と、大量輸液を開始、診断は尿管結石による複雑性尿路感染症と診断がついているので、問題は尿管閉塞部位のドレナージであった。本来受診するはずであった泌尿器科に連絡し、

 「昨日貴科受診の予定が、待合室でshaking chillを来しERに移動された方です。総合内科にアナウンスなく入院となっており、尿管結石に伴う複雑性尿路感染症で、敗血症となっておられました。総合内科が主科として担当します。ICUに患者さんを移すので共観をお願いします」

 と泌尿器科に共観を依頼。ICUで採血を行なうと、高度の炎症反応高値と、AST、ALTとも15000を超えていた。おそらくseptic shockに伴うshock liverだと思われるが、これまでの医師としての経験の中で、AST/ALTがともに5桁となった患者さんはこの方だけである。


 患者さんをICUに移動し、血液検査が出た時点で泌尿器科の先生もICUに来られた。前日の画像所見も確認し、結石とそれより近位の尿管拡張、水腎症を確認され、

 「ドレナージのため、DJカテーテルの挿入をします」

 とのこと。泌尿器科の先生から麻酔科に緊急で連絡し、手術室を用意、患者さんは手術室に移動された。その患者さんが処置されている間に、他の患者さんの回診、指示出しを行なっていると、麻酔科の先生から連絡。

 「麻酔をかけると血圧が50代まで急低下しました。何とか泌尿器科の先生が頑張ってDJカテーテルを挿入しようとしましたが、うまくいかず、血圧も厳しいので手技を中止しました。患者さんはどうしたらいいですか?」

 と連絡があった。当時の九田記念病院にはICU専門医はおらず(本来は麻酔科の先生がICU管理することが多いのだが)、各診療科がそれぞれ主治医として患者さんを管理していた。麻酔科の先生には

 「了解しました。抜管可能なら抜管していただいて、ICUに患者さんを戻してください。あとは総合内科で管理を行ないます」

 と伝え、ICUに駆け付けた。患者さんは抜管され、自発呼吸は維持でき、意識レベルも麻酔が切れると比較的しっかりしてきた。抗生剤と大量輸液、DOAとNAdで血圧をコントールしながら、尿量など管理を行なった。とてもラッキーなことに、血尿だが尿が出始め、血液検査でも肝酵素は急速に改善、全身状態も急速に改善し、Septic shockの状態から抜けることができそうな見込みがついた。


 患者さんは独居だと聞いていたが、その頃に遠縁の親戚の方が病状説明を希望され受診された。おそらく患者さんご自身が連絡されたのだろう。経過についてお話ししたが、少し敵対的な印象で、

 「私、O-C大学病院の泌尿器科教授と面識があります。その先生とご相談したいことがありますので、先生と、泌尿器科の先生から診療情報を作成してください。それを持っていきます」

 とおっしゃられた。残念というか、ラッキーというか、当院の泌尿器科の先生は、そのO-C大学病院から医局派遣で来られている先生なので、その教授の弟子たちなのだ。まあそれはそれとして、泌尿器科の先生にも連絡し、ご家族の希望とのことで、泌尿器科の視点から患者さんの経過を診療情報提供書にまとめていただき、私は私で主治医として、来院からの経過、行った対応などを診療情報提供書にまとめ、そのご親族に受付から渡してもらった。


 それから2週間後だったか、患者さんはもう全身状態が安定し、一般病棟に移られていた。尿管結石については、退院後状態が安定した時点でESWLを行なうことで方針が決まっていたところに、そのご親族がやってこられた。ご親族は

 「教授に診療情報提供書を見てもらいましたが、『非常に難しい症例を適切に治療されておられ、問題になるところは特にないです。むしろ、命を助けていただいたと感謝された方がいいですよ』と言われました」

 とのこと。敵対的な印象はなくなっており、教授にも助けていただいた。


 そんなわけで、患者さんは無事、歩いて帰宅することができた。本当に良かったと思うと同時に、どうして血圧が下がって尿も出ていないのに、病棟は当直医師を呼ばなかったのか、それが今でも、どうしても理解できないのである。


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