第58話 おかしな予約診察!

 九田記念病院では、電子カルテ化と同時に、予約制をとるようになった。10分単位で予約枠が設定されていたが、その10分の中に私たち医師がアクセスでき、予約できる予約枠が2枠、あと、病診連携室がアクセスできる予約枠が2枠、当日の飛び込み診察の予約枠が2枠設定されており、実際のところ、10分の間に6人の診察枠が設定されていた。10分間で6人診察する、なんてことは到底無理で、少し込み入った患者さんが来られると、当然診察には一人20分くらいかかることもざらではない。また、診察の時に採血や、レントゲンなど検査を行なうと、その結果説明をしなければいけないので、またそこで時間を取られる。というわけで、毎回予約通り診察を受けられるのは、診察開始時のAM9時に予約を取っている人の中の1名だけであった。また、病診連携室の予約枠は、診察日当日は受付から予約可能なので、患者さんが混むと、どんどん診察時間が予約枠からずれていってしまう。


 私は外来デビューしたばかりで、長期にfollowしている患者さんがおらず、たいてい初診の患者さん(後は、私が入院を担当した患者さんのfollow)が私の外来に回ってくるので、一人当たりの診察時間も長くなる。なので、基本的には患者さんを診察室に呼び込むときは、患者さんはずいぶん長く待たされた状態になっている。

 なので、患者さんを呼び込むたびに、

 「大変お待たせして申し訳ありませんでした。内科の保谷と申します」

 とあいさつをして診察をしていた。


 多くの患者さんは、

 「しょうがないなぁ」

 という感じで診察に応じてくださったが、中には

 「もう一時間以上も待たされたよ!何のための予約なのだ!」

 とお怒りの方もしばしばおられた。そんな時にはただただ

 「すみません」

 と謝罪していた。


 これは受付のシステムの問題なので、内科医局会の時に

 「10分枠に6人も押し込まれたら、予約時間通りに診れないのは当たり前だし、予約時間と実際の診察時間の乖離も大きくなってしまう。患者さんから文句を言われるのはつらいので、予約枠を詰め込むのではなく、せめて実際に診察可能な時間に近いところの枠を取ってほしい」

 と内科医の総意として要望を繰り返したのだが、事務からは

 「受付システム上、それはできない」

 との返答だった。


 ということで、定期外来は頭痛の種だったのだが、とある日、本当に腹が立ってしまった。患者さんを呼び込むといきなり、

 「いつまで待たせんねん!受付でもらった紙は9:40と書いてあるのに、もう11:00を過ぎてるじゃないか!」

 と怒鳴りつけられた。当初は

 「すみません、申し訳ないです」

 と謝罪を繰り返していたが、患者さんの怒りは落ち着かなかった。とうとうこちらも我慢できなくなり、患者さんに言い返してしまった。

 「おっしゃることはよく分かります。お待たせしたのは申し訳ないです。僕がお茶を飲みながらチンタラと仕事をしているなら、その言葉を受け入れますが、どうぞ私のテーブルを見てください。お茶も何も置いていないでしょ。こちらも懸命に診察をしているんですよ。カルテを見ると、あなたは24番目ですね。一人に約10分間診察がかかるので、本来ならあなたの診察は240分後、つまり4時間後になるはずですよね。でも私は2時間半であなたを呼び入れていますよね。あなたを早く診察するために努力している私をあなたはそうやって罵るのですね。こちらも懸命に努力しているので、怒鳴らないでもらえますか!」

 と口調荒く言ってしまった。私の不意打ちに驚かれたのか、私の努力を理解してくれたのかはわからないが、患者さんはそれ以上ヤイヤイ言うことはなくなり、普通に診察を行なうことができた。診察が終わり、医療安全部に電話をして、診察の出来事を報告、患者さんとこういうことがあって、トラブルになりました、すみません、と連絡して、ヒートアップした自分の気持ちを落ち着かせるために少し一息ついた。向かいの外科診察室で診察されていた、先輩の白井先生が

 「まあまあ、ほーちゃん、ちょっと落ち着こうよ。大変だったね。こういうことはよくあるからね。まあ血圧でも測ろうか」

 と気を遣って私の診察室をのぞいてくださった。血圧を測ると200を超えていた。本当に腹を立てると健康な人でも血圧はここまで上がるんだなぁ、と自分の身体ながら大変勉強になった。その後もモヤモヤを抱えたまま診察を継続。30人以上を診察するとどうしても12時までの受付なのに午後2時くらいまではかかる。それはそれでしょうがないから、せめて私たちが理不尽に怒鳴られないようにならないかなぁと心から願った。


 この経験は今でもトラウマで、外来診察中に、診察待ちのカルテがたまってくると、怒鳴られるのではないかとドキドキしてしまう。で、実際に稀ではあるが怒鳴られることがあり、その日はモヤモヤしたまま過ごすことになるのである。



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