第57話 検査結果と身体所見・自覚症状、どちらをとるか?

 とある日の夕方のER、ホットラインが鳴った。60代の男性、左手足のしびれ、脱力感があるとのことで救急要請、とのこと。基礎疾患には糖尿病があるとのことだった。

 「受け入れOKです」

 と返答。10分ほどで患者さんが搬送されてきた。


 患者さんは筋骨隆々とした男性。ご本人曰く、2時間ほど前から何となく左手、左足の力が入りにくいような感じがしている、とのことだった。診察時も何となく力が入りにくい、とおっしゃられていた。


 身体診察を行なうが、バイタルサインは特に問題なく、身体診察でも上肢Barre兆候陰性、握力も左右差は目立たず充分に(握ってもらっている私の指が折れそうなほど)あり、指-鼻試験も左右差なし。下肢のBarre兆候も陰性だった。DMがあるとのことと、左上下肢に訴えがあることから脳血管障害、特に脳梗塞を考え、頭部CT、頭部MRIを撮影した。


頭部CTは年齢相応で明らかな出血性病変、占拠性病変を認めず。頭部MRIでも明らかな異常、特に当時、早期脳梗塞を発見しやすいとされていた拡散強調像も注意して読影したが、明らかな変化はなさそうだった。


 ご本人は症状を訴えておられるが、他覚的所見もなく、検査でも異常がない。何ともよく分からないなぁ、どうしたものかなぁ、と思いながらご本人に結果説明。現時点では頭部CT、頭部MRIでも明らかな異常はなく、お身体の診察でも明らかなものはなかったので、いったん自宅で経過観察してもらうこと、変わったことがあったら再診してもらうよう伝え、投薬なしで帰宅とした。


 ER当直は以前にも書いたように、深夜帯は担当時間を分けて各自の休憩時間を確保していた。早起きが苦手ではなく、みんなボスと仕事をするのを嫌がるので、私が早朝の担当になることが多かった。私の担当時間内であったAM6:30ころ、ホットラインが鳴った。電話を取ると、前日私が帰宅させた人の搬送依頼で、今度は左手足が動かなくなった、とのことだった。すぐに搬送してもらうように救急隊に伝えた。10分ほどで患者さんが到着。患者さんは私の顔を見ると

 「先生、今度は本当に左手足が動かなくなっちゃった」

 とおっしゃられる。身体診察でも、明らかな左片麻痺を認めた。すぐに頭部MRIを撮影、右内包に拡散強調像で高信号域が認められた。病巣の大きさからは右内包のラクナ梗塞と診断。若い方であり、脳神経外科での入院となった。前日のエピソードが気になり、前日の写真をもう一度比較すると、よく見れば、今回高信号域となっている右内包の病変、前日の写真でも微妙に高信号になっているような、なっていないような、「そう思えばそう見える」という感じだった。


 昨日の時点で入院とさせていたからといって経過が変わったわけではなさそうだが、それでも、ご本人の訴えを大事にすればよかったかなぁ、と反省した。ただ、ERには胸が痛い、おなかが痛いと言って受診する方の中で、検査をしても何も見つからず、心気症、あるいは神経症として対応している方もおられ、そのあたりの兼ね合いが難しいところである。


 ただ、私はこの症例を教訓として、検査結果と自覚症状、あるいは身体所見に乖離がある場合は、強く神経症を疑うものでなければ、自覚症状や身体所見をより優先するようにして診療を行なっている。あるいは、より重篤なものを優先するように気を付けている。


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