第54話 悪い流れの時は、こんなことが起こる
休み明けの月曜日、前日に2年次研修医が入院させた患者さんを引き継いで担当することになった。その先生に話を聞くと、
「ご自宅で倒れているところを発見されて当院に救急搬送、採血でBUN,Cre、CPKの高値と電解質異常があったので入院させました」
とのことだった。年齢は40代後半の一人暮らしの男性、二分脊椎の既往があり、下肢の自由が利かず、外出は車いす、家の中は這って移動するとのことだった。
患者さんの振り分けの後、患者さんの診察に向かう。少し粗野な感じがして、つっけんどんな感じの男性。心音、呼吸音に異常を認めず。両下肢は麻痺した状態だが、上肢は両側とも筋骨隆々とした感じ。しかし、やや右の握力が弱い感じがした。利き手を聞くと、右利きとのこと。
後輩からの申し送りを思い出すと、何故転倒し動けなくなったのかがよく分からない。そこについての病歴聴取ができていなかったようだ。その後の採血異常は、倒れた状態が長く続いたことで起きたと解釈して矛盾がないと考えた。患者さんは入院時に頭部CTは撮っておらず、利き手なのに筋力がやや弱っていること、倒れた経過がわからないことから、入院後のfollowの採血と、頭部CTを緊急で撮ってもらうこととした。
頭部CTを見ると、左被殻出血を認め、転倒の原因は左被殻出血が原因と判断した。入院2日目であるが血腫はそれほど大きくなく、麻痺も軽度であり手術適応はないと判断し、そのまま総合内科で管理することとした。血圧が高めだったので降圧剤を開始し、経過観察。ご本人は活気もあり、食事もしっかりとっておられ、回診時にはいろいろと雑談もされていた。その3日後だったか、病棟から緊急に連絡があり、大量に吐血したとのこと。Cushing潰瘍からの上部消化管出血かもしれないと判断した。採血を取ると、直近のHb値が14程度だったのがHb 9程度まで低下していた。輸血を用意し、PPIを開始、消化器内科に緊急でコンサルトを行ない、内視鏡的止血術を施行していただいた。確かに潰瘍からの出血で、病歴を考えると、Cushing潰瘍と考えるのが妥当だと思った。それほど大きくない血腫で、元気そうにしておられ、食事もしっかりとっておられても、身体は脳出血を強いストレスと感じていたのだろう。出血量も多く、貧血も進んだため、赤血球輸血を行ない、数日間の絶食を行なった。数日後のFollowの上部消化管内視鏡では、露出血管も消失していたため、流動食から食事を再開した。
「次から次に事が起こって、大変やわぁ」
とお話しされていたが、それから約1週間後、
「患者さんの様子がおかしい」
と病棟より緊急連絡。診察に向かうと、意識レベルはⅡ-10程度、呼びかけに開眼するが自身から言葉を発することはなかった。急ぎ頭部MRIを撮影すると、左中大脳動脈領域に広範に新鮮梗塞を発症していた。出血性イベントの直後であり、血栓溶解療法の適応ではなく、そのまま経過観察となった。患者さんは高度の失語となり、嚥下機能も著明に低下した。
ある程度状態が落ち着いたところで胃瘻を造設し、胃瘻からの栄養が安定したところで施設入所となった。
この患者さん、入院時に脳出血に気づいていたら、予後が変わったかなぁ、脳出血を発見したときにH2 blockerでCushing潰瘍を予防できていたら、予後が変わっていたかなぁ、といろいろ後悔する症例であった。
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