第48話 受け入れてみないとわからない

 とある日の未明のER、時間分けも終わり、私の担当時間帯に突然にホットラインが鳴った(もちろん、予告してホットラインが鳴る、なんてことはめったにないが)。救急隊からの連絡では、90代の男性、4日前に転倒し、左肩を受傷。某病院で腱板損傷と診断され、この日の午前に某病院整形外科に入院予定となっている方とのこと。左肩の痛みがひどくてたまらない、とのことで日中も、夜もその病院に受け入れを要請したが

 「今日は内科医しかいないので対応できない」

 と断られたとのこと(いま、こちらのERも内科医一人(私)だけなのだが)。受け入れ先がないので何とかお願いしたい、とのことだった。その日は整形外科はon callで不在だったのだが、救急隊からは、複数の病院に断られているとのこと。


 「当院も本日は整形外科医は不在ですが、それでも良いかどうか、ご家族に聞いてください。それでよい、ということであれば受け入れます」

 と伝え、ご家族に確認してもらった。それでも良い、とのことで受け入れすることにした。


 10分ほどで救急隊が到着、ERのストレッチャーに移動してもらい、バイタルを確認する。血圧は80台で心拍数は110台、少し冷や汗もかいており、ショックバイタルと判断した。左肩は右よりやや腫れているようで、発赤はないがごくわずかに熱感がある。心音、呼吸音に異常なし。点滴路を確保し、採血、血液培養を提出、心電図を行なったが心電図は明らかな虚血を疑う所見を認めず。胸部レントゲン、左肩のレントゲンを確認するが、骨には明らかな異常を認めず、左肩に不自然なガス像は認めなかった。しばらくして緊急採血の結果が帰ってきた。トロポニンは陰性、心筋逸脱酵素は正常だったが、WBC 23000、Plt 9万、CRPは35程度と著明な上昇を認めた。


 Focusは肩?いずれにせよ整形外科的問題よりも内科的な問題が大きいと思った。しかも、4日前まで自転車に乗っていた元気な男性の方だったそうだが、採血結果とバイタルサインからは非常に予後が厳しそうだ。

 付き添ってこられた娘さんに結果を説明。ひどく肩を痛がっておられるが、整形外科的な問題よりも、血液検査やバイタルサインからは、感染に伴う敗血症性ショックの可能性が高く、命にかかわる状態であることを説明した。某病院は内科疾患は対応可能と言っていたので、そちらに転院の希望はありますか?と確認したが、当院で診てほしい、とのことだった。急変時の対応などについて相談し、蘇生処置は行わないこととした。抗生剤の投与を開始し、疼痛については痛みでじっとしていられないほどだったのでNSAIDsの点滴と少量の麻薬を投与し、入院とした。


 患者さんは病棟で急速に血圧が低下し、ERに搬送されたのがAM 3時過ぎだったのだが、その日のAM7時すぎに永眠された。


 肩の痛みは腱板損傷に起因していたのか、何か別の要素があったのかよく分からなかったのだが、後日、血液培養からG群溶連菌が検出され、壊死性筋膜炎の併発があったのでは、と推測している。


 壊死性筋膜炎は、以前循環器内科ローテート中に経験したが、その際は直前の外傷は不明であった。しかし、整形外科の後輩が経験した、整形外科で管理した壊死性筋膜炎の症例では、病巣は数日前に打ち身をしたところだったと聞いた。教科書に記載があるかどうかはわからないが、壊死性筋膜炎に先行して外傷(開放創ではなく、打ち身など、皮膚の破綻を認めない外傷)と関連があるように思われる。本症例も肩を打って腱板損傷はあるが、皮膚に外傷は認めなかった。


 救急隊もご家族も、整形外科的な問題と考えていたが、実際は、おそらく壊死性筋膜炎が問題だったのだと思われる。深夜のERに来院されたので、十分な診断をつけることができないまま永眠された症例で、私の臨床力不足を痛感させられたが、その時間帯に壊死性筋膜炎と診断をつけ、外科医/整形外科医にお願いし広範なdebridementができたかどうか、と言われてもやはり難しかったと思われる。



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