第47話 海外の名医と、そのトリック

 九田記念病院では、以前もそうしていたのかもしれないが、9人の初期研修医を迎えた私たちのころから、海外の指導医を招いて勉強会をするようになった。初めに来られたのは、インドの著明な循環器内科の先生で、師匠から、

 「全員、循環器系の疾患の症例を持ち寄るように」

 と指示があり、私は、以前に書いたことがある、未明に兄弟子の鷹山先生と一緒に診た、

 「うつ病の既往のある中年女性が、なんとなくしんどいとの主訴で救急搬送され、精査で肺塞栓と診断がついた症例」

 を、症例提示用の症例として用意した。


 当日、第一例の症例として、私の症例を提示したが、うつ病の既往があり、活動性の低い女性が、未明に全身がしんどい(全身倦怠感)を主訴としてERに搬送された、という病歴だけで、

 「はい、いくつか鑑別診断が上がりますが、私は肺塞栓をもっとも疑います」

と(もちろん英語でdiscussionしている)おっしゃられた。僕はとても驚いた。実際、診察した僕たちはあちこち頭をぶつけながら、何とか診断に辿り着いたように思っているので、最初の病歴だけで鑑別診断の上位に肺塞栓が上がっていることに素直に驚いた。もちろん症例提示を続け、実際、最終診断は肺塞栓症だったので、先生のfirst impressionは大当たり。

 「ああ、やっぱり力のある先生はすごいなぁ」

と感動した。


 その後、数例症例提示があり、午後からは先生のLectureを受け、夜は

 「日本食が食べたい」

 とのことだったので天王寺公園の近く、少し古い町並みのところにある料亭を予約していて、そこで、先生、奥様、師匠と、研修医たちで食事会を持った。先生も奥様も和食はあまり口に合わないみたいで、

 「肉が食べたい」

 と言われていた(だったらすき焼きとか、牛がだめなら豚肉の店に行ったのに)。


 そんなわけで、その先生の臨床力に感動していたのだが、ある時ふっと気が付いた。

 「そういえば、循環器内科の症例を提示してください」

 といわれていたよなぁ、ということに。


 循環器内科、と診療科を絞ると、病歴からはうっ血性心不全急性増悪か、肺塞栓くらいしか出てこないのだが、実臨床では、臓器に限らず鑑別を考えるので、臓器を絞らなければ、やはり診断は難しい症例だと思う。これはちょっとしたトリックだなぁ、と思った。


 日本の内科医は(いや、内科医に限らず)、基本的にご自身の専門重視で、内科でもあまり他科のことを考えている人は少なく、内科全体を管理できる人はそれほど多くないと言われているが、アメリカでは、当初一般内科を数年かけて叩き込まれ、その後、その上に自身の専門科をトレーニングするのが一般的である。なので、アメリカから呼んだ内科の指導医の先生は、ご自身の専門診療科にかかわらず、あらゆる内科疾患の提示を希望されていた。


 時には、内分泌代謝学のチーフレジデント(別章で説明する)が来られたりしたが、循環器内科疾患、呼吸器内科疾患、消化器内科疾患、血液内科疾患など、あらゆる分野について、十分に研修医や中堅レベルの先生と議論できるだけの実力を持っておられた。


 今私自身は、「総合内科」という名前の何でも屋さんをしているが、アメリカの先生のように、あらゆる分野でdiscussionできる実力を持ちたいものである。



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