第33話 呼吸器内科の手技トレーニング

 循環器内科では心カテ、一時的ペースメーカーやSwan-Ganzカテーテルの挿入、消化器内科では上部、下部消化管内視鏡の手技についてトレーニングを受けた。呼吸器内科での手技は、初期研修医時代にもトレーニングを受けた胸水穿刺、胸腔ドレナージ術はしばしば行なっていた。

 人工呼吸器管理については、ちょうど1回換気量を基準にした呼吸器管理から気道内圧を意識した呼吸器管理へと考え方が変わってきたところであった。初期研修医時代は、総合内科2年次にICUで患者さんを管理したとき、ちょうど人工呼吸器の勉強会を鳥端先生がしてくださり、

 「みんな、人工呼吸器の設定、深く勉強すればするほど難しいけど、あまり怖がらなくていいよ。とりあえず、『呼吸器のモードはSIMV+PS、呼吸回数は8,1回換気量400ml、PEEPは8』で始めたら、そんなにひどいことにはならないから」

 と教えてくださったことを覚えている。呼吸器内科時代に、系統的に人工呼吸器管理を教えてもらったことはなかった。師匠や、栗岡先生の呼吸器管理を見て覚えたり、ICUの看護師さんや臨床工学技士さんにアドバイスしてもらったりと、場当たり的なon the job trainingだったので、もう一度系統的に勉強しなければならないと思っている。特に九田記念病院を離れてからは人工呼吸器を使っていないので、なおさらであり、自分の知識をしっかりup dateしなければならない。


 酸素投与のLow-Flow SystemとHigh-flow Systemについては教えてもらったが、私が呼吸器内科をローテート中は、現在呼吸管理の重要なツールとなっているNasal High-Flow systemは存在していなかった(私が九田記念病院を卒業し、地域の診療所で仕事を始めてから、発売、使用されるようになったようだ)。


 そして、新たにトレーニングを受けたのは、気管支内視鏡であった。初期研修医時代、「狩野内科」にローテート中は、訳も分からず見学していた手技であったが、今度は私が気管支内視鏡のトレーニングを受けることになった。


 検査日は、初期研修医の時と同じ、水曜日の午後3時ころ、患者さんは1日一人が基本だった。検査が始まる20分ほど前にTV室で、患者さんが来院されるのを待つ。患者さんが来院されると、検査前の準備として、キシロカインを咽頭後壁~下咽頭~喉頭に噴霧し、局所麻酔を行なった。噴霧器の薬液入れにキシロカインを入れ、患者さんに舌を出してもらって、その舌をガーゼで保持し、

 「ゆっくり大きく息を吸ってください」

 と言って、患者さんが深吸気されるときに、噴霧器でキシロカインを噴霧する。これを薬液入れの中のキシロカインがなくなるまで繰り返す。もちろん噴霧する場所も意識し、最初は咽頭後壁や口蓋扁桃周囲に麻酔薬を噴霧し、徐々に下咽頭~喉頭に噴霧するようにした。片手で舌を持ち、片手で噴霧器を持っているので、両手が塞がっているのだが、喉の奥を見たいので、灯りが欲しかった。なので、電器屋さんに行き、耳につけるタイプのLEDランプを自費で購入し、使っていた。

 麻酔が終わるころになると、師匠、栗岡先生も降りてこられ、検査開始となる。


 気管支内視鏡のトレーニングの第一段階は、気管、気管支の走行をしっかり立体的に理解することから始まる。気管支内視鏡では第三分枝まで観察するので、そこまではきっちりと覚える。そして、一度、栗岡先生がされる気管支内視鏡をTV室内で見学、観察の手順、解剖が正しく理解しているかを確認し、その次の検査からは、師匠はTV室の外で指示出し、栗岡先生と私がTV室内にプロテクターをつけて入室し、私がカメラを操作し、栗岡先生がアドバイスを出してくださったり、検査のサポートをしてくださった。


 患者さんは透視台に横になってもらい、マウスピースをつけてもらう。口から気管支鏡を挿入し、喉頭、声門部を確認する。「あーっ」と声を出してもらい、左右の声帯の動きが正常かどうかを確認する。呼吸に合わせて声帯が開いたり狭まったりするので、タイミングを合わせ、声帯が開いたタイミングで気管支内視鏡を声帯の奥に進める。その時点で内視鏡を静止し、麻酔薬のキシロカインを気管内に注入、気管内を麻酔する。そして気管を観察しながら内視鏡を挿入。気管分岐部まで観察を行ない、そして気管分岐部そのものを観察する。正常であれば、気管分岐部はきっちり角度を作っているが、気管分岐部の直下にリンパ節があり、悪性腫瘍などでそのリンパ節が腫れてくると、気管分岐部の角張りがなくなり、曲線状になってくる。


 気管分岐部を確認すると、最初は右主気管支に内視鏡を進め、気管支壁を確認しながら右の葉枝、区域枝、亜区域枝の分岐部までを上葉、中葉、下葉それぞれに確認。次は左主気管支に内視鏡を進め、同様に観察を進めていく。私の行なった検査の時には、TBLBはしなかったように記憶しているが、気管支壁に異常がある場合は擦過細胞診を提出していた。


 消化器内科で内視鏡の操作についてトレーニングを受けているので、解剖をしっかり押さえておけば、観察そのものはスムーズにできるようになった。ただ、何かあった時のため、常に検査の際は、栗岡先生が横で待機してくださっていた。


 数年前に、栗岡先生、師匠の二人で気管支鏡を行なっていた時、突然患者さんが心肺停止となり、人手が足りずに蘇生処置に手間取ったことがあったそうであり、やはり専門手技は、いつ何が起きるかわからないものだなぁ、とその話を聞いて強く感じた。


 予定検査の気管支内視鏡では、ディスプレイに表示でき、記録もできるシステムを使って検査を行なっていたが、院内にはポータブルの気管支内視鏡も用意されていた。こちらは、検査、というよりも処置、例えば緊急で気管内挿管が必要な方で、喉頭展開が難しい場合に、気管支鏡をガイドワイヤ代わりにして挿管する気管支鏡下挿管、あるいは、喀痰の喀出困難な方で、吸引チューブもうまく挿入できない方に、気管支内視鏡を使って吸痰処置をする、また、数例ほどしか経験がないが、急性喉頭蓋炎が疑わしい方に、気管支鏡下挿管も兼ねて、慎重に気管支内視鏡を挿入し、観察する、など、いろいろな使い方があった。


 九田記念病院を退職してからの勤務先には、ポータブル気管支鏡はおいていなかったが、

 「あぁ、気管支鏡があればどれだけ助かるだろう」

 と思ったことは何度もあった。


 そんなわけで、気管支内視鏡のトレーニングも私にとっては大変有用なものであった。

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