第30話 内科外来でも妊娠がわかることがある。
診療所で月に1回、日曜日の日当直のバイトをしていたころ、1週間ほど前から腹痛が続き改善しない、との主訴で数回診療所に受診を繰り返している女性の方が、再度診察してほしいとのことで来院された。お話を聞くと1週間ほど前から下腹部に重く鈍いような痛みがあり、痛みはあまり波がないとのこと。便通については下痢も便秘もしておらず、少し食欲は落ちているとのことだった。カルテを見ても、同様の記載が続き、下腹部に圧痛があり、腸炎ということでいろいろ薬が処方されていた。
医学界の有名な格言に
「女性を見たら妊娠と思え」
という言葉がある。おそらくこの言葉は医師であればほとんどの人が知っているほど有名な言葉だと思っている。もし
「この人、本当にお医者さんかなぁ?」
と思った時には、
「仕事の現場で、女性を見たら~?」
と聞いてみるといいと思う。少なくとも、内科医、外科医と言っているのに、妊娠と関係ない話をするなら、ちょっと怪しいと思ってもいいと思うほどである。
この方は、カルテを確認しても月経歴や妊娠の可能性については全く記載がなかったので、それらについて確認することにした。月経歴についてはもともと不順で、数か月飛ぶことも珍しくないとのこと。それはそれで、婦人科に受診が必要だと思ったのだが、妊娠のことについて確認しようとすると
「4日前に〇△病院(地域の中核となる名門病院)の産婦人科で異常ないと言われました!」
と語気を荒げておっしゃられた。診療所ではこれまでに血液検査などもされており、あと検査するのは妊娠反応くらいしかなかったので、そこまで言下に却下されてしまうと何ともしようがない。妊娠については気になったので、痛み止めとしてアセトアミノフェンを処方して、経過観察とした。
次の当直の時に、その方のカルテを確認すると、その翌日も痛みが続くとのことで受診。私のカルテ記載を参考にしたのであろう、〇△病院に紹介されており、精査の結果、診断は
「異所性妊娠」
とのことであった。ひどい言い方をされて、僕自身がけっこう傷ついていたけど、
「ほら~っ! 俺の予想が正しかったやん!」
という結果だった。まさしく、
「女性を見たら妊娠と思え」
というのは正しいなぁ、と思った。
内科外来でも、妊娠を見つけることは時々あるのだが、予期しない妊娠を本人だけでなく、付き添いの家族に伝える(もちろん、最初にご本人に伝え、ご家族に話しても良いかどうか確認の上だが)ことが難しいことと、母親と父親の反応の違いが興味深いものがある。
私がとくに心に残っている方は診療所で常勤医として勤めたときに診察した方が二人いて、一人は、
「最近吐き気がひどくて、なんか眠たくてすっきりしない」
という主訴で来られた方。お母様が私の外来に定期的に通院されていた方だった。
まだ結婚はされていないと。お話を聞き、妊娠の可能性について確認すると、
「わからない」
とのことだった。私の妻が妊娠中、つわりと、
「眠い、眠い」
と盛んに眠気を訴えていたことを思い出し、確認目的で妊娠反応を確認したところ、陽性。最初にご本人を呼んで結果説明。一緒に来られたお母様に結果をお話ししてもいいか確認し、構わないとのことでお母様にも診察室に入ってもらい、結果説明。お母様の最初の一言は
「そうだと思っていたのです」
さすが出産歴のある女性、同じように経験されている(妊娠、ということだけでなく、恋をして、結ばれて、子供を授かって、という流れでの微妙な心の動き、ということも含めて)ので、さすがの安定感。その後、この方は結婚されて出産、お母様はずっと私の外来に通院してくださって、私が診療所を離れるときに、この時の思い出話をされ、
「あの時の子供がもう小学校に通っているのですよ」
と教えてくださり、時の流れの速さに驚いたことを覚えている。
もう一人は、下腹部痛を主訴にお父様と一緒に土曜日の午後診に来た女性。来院目的は娘さんが前日から下腹部痛が続くとのことで、娘が病院に行くなら、わしも風邪気味やし一緒にいこか、ということでお父様もついでに受診されたとのことだった。二人をもちろん別々に診察し、娘さんのお話を聞くと、
「最近なんとなく吐き気がして、わけもなく眠たい感じがする」
と言われる。妊娠の可能性について確認すると、
「わからないが、可能性がなくはない」
とのこと。採血と妊娠反応を確認すると、院内での採血緊急項目は異常ないが妊娠反応が陽性。下腹部の痛みはそれなりに強く、切迫流産の可能性もあると考えた。速やかに産科医の診察が必要と判断したが、問題はどうやってお父様に話をして、産科医につなげるか、だった。
まずご本人に診察室に入ってもらい結果を説明、妊娠しておられること、それなりに強い下腹部痛があり、切迫流産や異所性妊娠の可能性も考えられること、その診断治療のために速やかに産科医の診察を受ける必要があることを伝えた。それは彼女も理解してくれたのだが、問題はこれをどうやってお父様に伝えるか、ということだった。最初は彼女は
「お父さんには黙っていてほしい」
と言われたのだが、
「黙ってるのは構わないけど、嘘はつけないので、何故これから産科に緊急で受診することになるのか、どうやって説明しましょう?」
といって、二人でウ~ン、と考えたのだが、当然名案があるわけではない。それに結局妊娠しているという事実は明らかになるのである。彼女と少し時間を取ってお話しし、結局、現時点でお父様に現状をお話しし、転院してもらうのが一番の方法だ、という結論になり、私からお父様に結果を説明することにも同意していただいた。
お父様に診察室に入っていただき、娘さんの検査結果を説明。
「血液検査は問題ありませんでしたが、妊娠反応が陽性でした。下腹部痛も強く、痛みは産科的な痛みの可能性が高く、緊急で産科医の受診が必要なので、これから段取りをして、この足で産科の先生のおられる病院に受診してもらいます」
とお伝えしたが、お父様は、まるでキツネにつままれたように、焦点が合わず、
「はぁ、はぁ」
と言われるが、全く現実感が無いようだった。土曜日の午後で、受け入れ病院を探すのに少し苦労したが、△☆病院が受け入れを了解してくださり、すぐ紹介状を書いてお父様の車で病院に向かってもらった。
このご家族は、診療所のかかりつけ患者さんではなかったので、その後の顛末は不明なのだが、紹介先からは
「正常妊娠」
との診断で返信が帰ってきており、少なくとも大きな問題がなかったことはホッとした。
お父様の反応と、お母様の反応があまりにも対照的だったので、今でも心に残っている。
2021年の内科学会総会で、
「診断力向上のためのアプローチ」
という企画があり、その中で、下腹部痛を主訴に内科外来を受診された方が当初は適切に診断されず、あとで異所性妊娠と診断がついた、という症例をもとに議論されていたので、ふと思い出した次第である。
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