第26話 ご家族が倒れられるのはつらい

 師匠から患者さんを引き継いで、毎週金曜日の午前10時から訪問診療に出かけることになった。師匠の患者さんは重症の方が多く、気管切開、胃瘻造設を受けておられる方が多かった。患者さんの名前と、顔や病態、家族関係などがうまく覚えるまでには少し時間がかかったが、訪問診療についてくれる看護師さんがしっかりして、患者さんをきっちり把握されているので、わからないことは看護師さんに聞けばたいていわかるようになっていた。


 振り返ると、心に強く残っている人、なんとなく覚えている人、さまざまである。訪問診療をしている方は高齢の方が多く、老老介護となっていることが多かった。


 この時、一番つらいのは、介護している方が病気で倒れてしまわれることだ。初めてその経験をしたのは、ご主人がくも膜下出血で高度の意識障害があり、気管切開、胃瘻造設をされている方だった。お子さんのいないご夫婦で、ご親族とも疎遠とのこと。お子様のいないご夫婦で、ご高齢になるまで連れ添っておられる場合、ご主人が倒れられると、奥様のご主人への愛情はまるで赤ん坊に接するかのように深くなることが多いように感じられる。このご夫婦も、奥様はご主人を名前で呼んでお世話をされていた。たぶんご主人も、奥様にやさしかったのだろうと思われた。2年ほど訪問診療に伺っていたが、残念なことに奥様に悪性の病気が見つかった。通院治療を受けながら、奥様はご主人の介護に頑張っておられたが、とうとう奥様が入院することになった。短期の入院で、すぐに奥様が戻ってこられる予定であれば、ご主人の入院を九田記念病院で受け入れるのだが、そういうわけではないので、ご主人は長期入院できる病院への入院となった。その病院あての紹介状を書いて、その患者さんの訪問診療は終了となった。その後、風の噂で奥様が亡くなられたと聞いた。奥様はご主人のことを心配しながら亡くなられたのだろうか?


 別の患者さんだが、心房細動による広範囲の脳塞栓症で気管切開、胃瘻造設をされている方で、奥様と娘さんが介護者だった。毎回の訪問診療では、患者さんの診察や様子だけでなく、ご家族が疲れていないかどうか、ご家族で困ったことはないかなど、雑談をしながら聞くようにしているのだが、特に奥様の体調が悪い、と言われることはなかった。奥様は他の病院に定期通院されていると伺っていた。九田記念病院での後期研修を終え、その後非常勤で訪問診療を4年ほど続けたが、私が非常勤から離れる直前に、奥様にStage Ⅳの大腸がんが見つかった。お話を聞くと、2年ほど前から時々血便を自覚していたそうだが、ご主人の介護者がいなくなると困る、と思ってずっと黙っていたとのこと。その時点で言ってくれていたら、と非常に残念だった。毎回訪問診療の時、「体調はどうですか?具合は悪くないですか?」と聞いていたので、なおさら悔やまれた。奥様が化学療法を受けることになった、という時点で私が非常勤を離れたので、その後のことはわからない。ただ悔しかった。


 


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