第22話 肺炎球菌の恐ろしさ

 今、予防接種で、乳幼児には公費負担でプレベナー13を接種しており、高齢者の方にはニューモバックスの接種が推奨されている。どちらも肺炎球菌莢膜抗原に対するワクチンであり、特に乳幼児では、インフルエンザ桿菌b型に対するワクチン「アクトヒブ」との併用で、肺炎球菌、インフルエンザ桿菌による髄膜炎の頻度、致死率とも著明に低下したことは、喜ばしい限りである。肺炎球菌は、様々なパターンの肺炎(小児の肺炎、成人の肺炎、高齢者の肺炎、市中肺炎、誤嚥性肺炎などなど)で最も頻度の高い起因菌であり、現在はペニシリン耐性肺炎球菌の増加が問題となっているものの、比較的抗生剤に感受性の高い菌(抗生剤の良く効く菌)であるが、virulence(病毒性、とでも訳すか)は強く、時に既往のない元気な成人の命をも奪う肺炎を引き起こすことがある。また「肺炎球菌」と名前がついているが、肺炎だけでなく、小児の中耳炎の起因菌としても多く、若年~中年の成人では細菌性髄膜炎の起因菌として最も多いのが肺炎球菌である。呼吸器内科の研修が始まって早々に、肺炎球菌の恐ろしさを実感する症例を経験した。


 ERの石井先生から「保谷先生ですか?こちらERです」と電話がかかってきた。石井先生の電話は最初だけ丁寧である。石井先生から直接電話がかかってくるときには、だいたい悩ましい患者さんが回ってくることが多い。電話の向こうからは石井先生が、「あのなぁ、肺炎球菌性の重症肺炎、敗血症性ショックの患者さんがおるねん。呼吸器内科で入院取って」とのこと。急ぎERに降りると、60代くらいの特に既往のない男性の方、数日前から38度台の発熱と湿性咳嗽を繰り返していたが、自宅で安静にし、様子を見ていたとのこと。息苦しさがひどくなってきたのでご家族が心配し、救急車を要請したとのことだった。受け答えはできるがひどくしんどそう、SpO2はリザーバーマスク10Lでも85%前後、お話しすると80%を下回る状態だった。血圧は90台で脈拍は110台とShock indexも悪く、手足は発熱で暖かい。Warm shockの状態と考えた。検尿にて尿中肺炎球菌莢膜抗原が陽性、胸部レントゲン、胸部CTで右下葉全体にair-bronchogramを伴うconsolidationを認め、肺炎球菌による大葉性肺炎として矛盾しない結果だった。ICU管理が必要と判断したが、未熟な私一人で管理ができるような状態ではなかったので、呼吸器内科No.2で集中治療にも長けておられる栗原先生に指導をお願いし、患者さんをICUに入院とした。


 呼吸不全に対しては、軽い鎮静をかけた状態で気管内挿管、人工呼吸器管理を開始、本来は高濃度酸素は却って肺胞を損傷するため、酸素分圧(FiO2)は0.6未満で管理したいのだが、それでは十分な酸素化ができないため、仕方なく、FiO2 100%でPSVで人工呼吸器を設定。内頸静脈からCV lineを挿入し、適宜中心静脈圧を管理しながら大量の細胞外液を投与、それでも血圧が維持できないのでノルアドレナリンで血圧をサポートした。気管内挿管後の吸引痰をグラム染色してもらうと、グラム陽性の双球菌が確認され、診断に誤りがないことを確認。抗生剤については、その当時は肺炎治療の妨げになるほどの高度耐性を持つPRSP(ペニシリン耐性肺炎球菌)はほとんど見られなかったのだが、MEPMで戦うこととした。ERでの採血でBUN,Creの上昇があり、

 「ほーちゃん、これはCHDFで管理しよう」

 ということで右大腿静脈にブラッドアクセスを挿入しCHDFを開始、エラスポールやステロイド(PSL 1mg/kg/日)の投与も開始した。

 翌日も状態は悪化傾向。大量輸液で浮腫が起きているが、それでもノルアドレナリンを併用しても血圧は不安定であった。その日の喀痰をGram染色すると前日はたくさん存在した肺炎球菌は教科書通り、完全に消失していた。なので、MEPMは有効であったのだが、全身状態は不良。

 「ほーちゃん、エンドトキシン吸着カラムも回そう」

 と栗原先生よりアドバイスをいただく。グラム陽性球菌にエンドトキシン吸着カラムが効くのか?(エンドトキシンは、グラム陰性桿菌の細胞壁に存在する”Lipid-A”と呼ばれる物質である。肺炎球菌はグラム陽性球菌であり、Lipid-Aは持っていないはず)とは思いながら、先生の指示通り、カラムも回す。しかし酸素化も不良、血圧も維持できない。そして入院第3病日、非常に残念ながら患者さんは永眠された。


 2日目の喀痰からわかるように、抗生剤は有効であったのであるが、にもかかわらず、患者さんを救命できなかったのである。決してすべての肺炎球菌性肺炎がこのような経過を取るわけではなく、肺炎球菌性肺炎でも抗生剤の投与で著効し、お元気になられることがほとんどである。ただ、時に肺炎球菌は(肺炎球菌も)このように恐ろしい牙をむいてくる。頻度の高い起因菌であるが、時に若い人(内科の入院患者さんの多くが80~90代の方なので、60歳は若い人、私の経験で30代の方が肺炎球菌肺炎で亡くなられた)の命もとってしまうことを学んだ。



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