第15話 神様の数㎜のいたずら

 ある日の外来、最近手が黄色くなってきたとの訴えで患者さんが受診された。年齢は30代後半くらいの女性。特に既往はないとのこと。身体診察では結膜に黄染を認め、腹部は平坦、軟、右季肋部に圧痛のない風船状のmassを認めた。

 「あれぇ?これ、Courvoisier兆候?何で?」

 と自分の所見に不信を抱いた。若い方でそうそう閉塞性黄疸を認めることはない。ただ、黄疸があるのは確かなので、血液検査、腹部エコー検査と単純CT検査を行なった。血液検査は肝酵素上昇とそれ以上に著明な胆道系酵素の上昇、総ビリルビン、直接ビリルビンの上昇を認め、腹部エコー、腹部単純CTでは総胆管、肝内胆管の拡張を認めた。いずれにせよ、何かが原因の閉塞性黄疸であることは確かである。ドレナージをして精査を行なわなければならない。ということで入院していただいた。


 PTCDを挿入し、胆道のドレナージを開始し、MRCPを施行。どうも胆管にmassがあるようだ。しかも悪性の閉塞を疑うようである。ERCPを行なうとOddi括約筋の向こう側に膵管と胆管の合流部が位置しているようだ。


肝臓から十二指腸へとつながり、胆汁が流れる総胆管と、膵臓から十二指腸につながり、膵液が流れる主膵管は小腸の壁の部分で合流し、その二つが十二指腸乳頭部、あるいはVater乳頭部と呼ばれる一つの穴となって十二指腸に開口している。膵胆管合流部は十二指腸乳頭部にあるOddiの括約筋で開閉され、本来ならOddiの括約筋が収縮すると総胆管、主膵管の出口がそれぞれ閉じられ、胆汁と膵液は十二指腸内部で混ざるのであるが、膵胆管合流部が正しい位置にない場合は、Oddiの括約筋が閉じると膵管、胆管内で膵液、胆汁が混ざり合い、それぞれの管腔の内皮を傷つける。この膵胆管合流異常は、新生児期の先天性胆道拡張症の原因となるほか、成人では胆管癌の原因となる。この方は、精査の結果、膵胆管合流異常を原因とする胆管癌と診断した。さらに精査を行なうと、複数のリンパ節、遠隔転移も認めた。膵胆管合流異常を原因とする胆管癌、遠隔転移を認めStage Ⅳである。消化器内科に入院中は私が主治医を務めたが、毎日の回診で、彼女に何と声をかければよいのかわからないまま、差しさわりのない言葉を交わすことが精一杯のポンコツ主治医であった。


 彼女にとっては入院そのものが青天の霹靂であったであろう。侵襲的な処置を行ない、検査の毎日。得られる結果は芳しくないものばかり、絞られてくる病名は非常に厳しいものになってくる。私とほぼ同年代、子供のお母さんとして、またご主人の妻として、ご両親自慢の娘としてそれまで穏やかに過ごしてきた方に降ってわいたような厳しい状況。彼女だけでなく彼女の家族にとっても青天の霹靂であったであろう。

 結果がある程度でそろった時点で、まず彼女の家族に病状説明。病状説明は、私には荷が重いだろう、とのことで指導医の先生が行われた。ご家族は声を押し殺して泣いておられる。そして、肝臓外科への転科が決まり、ご家族を交えてご本人にも病状説明が行われた。病状説明、今後の方針は肝臓外科の部長先生が行なった。


 自分と同じような年齢の方が、命の終わりを強制的に自覚させられる。もちろん、誰も明日生きている保証はないのだが、それでも特に高齢の方でもない限りあまり自分の命の終わりを意識しているわけではない。だから、青天の霹靂なのであろう。混乱し、受け入れられず、運命のいたずらに怒り、落ち込むのである。彼女の膵胆管合流部があと数㎜、小腸壁寄りにあれば合流異常ではなかった。時に神様は、このような数㎜のいたずらをされるのである。理不尽に。

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