第14話 高齢の方の下部消化管内視鏡

 ある日、90代女性の、遷延する下血を主訴とする患者さんが入院された。数日前から便に血液が付着しており、出血が止まらないとのことだった。入院後、直腸診をしたが、明らかな痔核や腫瘤は認めず。指にはワイン色をした血液が付着しており、比較的口側の結腸(おそらく上行結腸~横行結腸辺りか?)を出血源とする下血は続いている様子だった。


 一気にドバっと出血し、出血性ショックを起こす、というわけではないので憩室出血の可能性は低いと思われた。経過中腹痛の訴えもなく、腹部エコー、腹部CTでも、腸管の炎症を示唆する腸管壁の肥厚や、目立つ憩室はなかった。消化管の動静脈奇形か、消化管の悪性腫瘍か、悩ましい状態だった。


 前述のように高齢者は、下部消化管内視鏡のための準備(プレパレーション、プレップともいう)でトラブルが起きることがしばしばである。患者さんには止血剤を2週間ほど続けてもらったが、下血は止まらず、逆に排便もあまり認めなかった。


 ご本人にもご家族にも検査の危険性について説明。できうる検査は可能な限り行ったが、下血が続いており、検査及び処置については下部消化管内視鏡が必要とお伝えし、検査の日程を組み、前日に下剤を内服してもらうこととなった。


 検査前日は、普段と変わらなかったのだが、検査当日、朝回診に伺うと、おられるはずの患者さんがいつもの病室におられない。

 「あれ~っ?」

 と思い、病棟の当直看護師さんに確認すると、

 「〇△さん、下剤を内服後から嘔吐が始まり、吐物を誤嚥し、一時呼吸停止を来したので、いま、ICUにいます」

 とのことだった。ICUに訪室すると、その患者さんが挿管され、人工呼吸器管理をされた状態でおられた。発熱や採血での炎症反応は上昇が乏しく、肺炎、というよりやはり窒息だったようだ。酸素化は悪くなく、意識も戻っており、人工呼吸器は外せそうだった。


 人工呼吸器は離脱でき、意識レベルも誤嚥窒息による影響はなかったようだったが、やはり下部消化管内視鏡の施行はできないと判断した。


 なので、もう下部消化管内視鏡の施行はできないと判断。現状のままで管理することとした。ご本人の希望を確認し、延命のための輸血などは希望しないこととし、継続管理。患者さんは徐々に衰弱し、永眠された。

 高齢の方への下部消化管内視鏡の前処置は、私が思う以上に危険であることを痛感した。なので、今も、高齢の方への下部消化管内視鏡についてはどうすべきか、適応を慎重に考えている。

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