第13話 内視鏡のトレーニング
消化器内科と言えば、内視鏡の検査。ということで、私も内視鏡のトレーニングを受けることとなった。
まず最初は見学。どのようにカメラを挿入していき、どの順番で写真を撮っていくか、ということを見学する。もちろん手技の教科書も購入し、教科書で勉強しながら、「ああ、これはここの位置だなぁ」というのをつかんでいく。
次は「カメラの引き抜き」。指導医が検査を行ない、あとはカメラを抜いて検査終了という人で、カメラの先端を食道下端部に置き、指導医から内視鏡を持たせてもらい。食道の管腔の真ん中にカメラがあるように慎重に抜いていく、という練習をさせてもらった。
それがきっちりできるようになれば、カメラをゴックン~食道の観察は指導医にしてもらい、そこから私に内視鏡が渡され、胃と十二指腸の観察と、カメラの抜去を行なう、という形でトレーニングを進めていった。上部消化管内視鏡は観察する順序が決まっていて、画像の撮影もどのようにとるかある程度決まっている。
教科書では写真40枚法と20枚法が紹介されていたが、九田記念病院は20枚法で撮影していた。撮影の順番、カメラの操作などがきちんとできるようになったかどうか、指導医に判断してもらって、いよいよ初めから一通り検査をすることになった。咽頭にキシロカイン麻酔をした状態で患者さんにカメラ用のベッドに左側臥位で休んでもらい、マウスピースを咬んでもらう。マウスピースを紙のサージカルテープで固定しながら、
「唾液を飲み込むとむせるので、口の中の唾液はそのまま外のお盆(膿盆)に出してください。カメラがのどを通るときだけ、合図をするので太いうどんを丸呑みするようなイメージでゴックンとしてください。カメラが入った後は、ゆっくりと力を抜いて、呼吸をしてもらい、口に溜まった唾液は先ほど述べたとおり、全部口の外に出してください」
と説明の上、多くの方にはジアゼパムで鎮静を行ない、カメラの挿入を行なった。ベテランの先生は、カメラのディスプレイだけを眺めてカメラを進めていったが、どういうわけか、私がすると、下咽頭の方ではなく、上咽頭の方にカメラが進んで、
「あれ~?ここどこ?」
ということになることが多かったので、口からカメラを挿入し、先端をダウンさせ、正しい方向にカメラが向いていることを直接目で確認してから、ディスプレイを見るようにしていた(今は上部消化管内視鏡(以下GIF)を定期的に行うことはないが、必要があれば同様にカメラが下咽頭の方に進むところまでは直視下にカメラを進めている)。カメラが下咽頭のところにくれば、喉頭、喉頭蓋、声門が確認できるので、それを確認すると気持ちもスタンバイ状態。そして、左の梨状陥凹のところにカメラの先端をもってきて、
「はい、じゃあここで大きくゴックンしてください」
と患者さんに声をかけ、大きくゴックンしてもらうと同時に力を入れずにカメラを進めて、食道内にカメラを挿入する。実はここが今でもGIFをするときに一番緊張するところである。梨状陥凹の部分が粘膜が一番薄くて弱く、またここを損傷すると自然閉鎖はしないと言われている。と同時に梨状陥凹の向こうは縦隔なので、縦隔炎をきたす危険があるからである。「縦隔」は胸郭の中で左右の肺に挟まれた空間で、その中を食道、気管、気管支、大動脈、各種静脈が走行している空間である。縦隔に細菌感染を来す縦隔炎は致死率も高く、治療にも極めて時間がかかる厄介な病気である。大学病院でのポリクリで耳鼻咽喉科をローテートしているときに、咽頭後壁膿瘍から波及した縦隔炎で、ICUに2ヶ月、私たちがポリクリの時点で6か月入院治療を受けている縦隔炎の方がおられことを記憶しているが、それほど、縦隔炎は厄介なのである。
そんなわけで、少し冷や汗をかきながらゴックンしてもらい、うまくゴックンできていると、食道上部~中部あたりにカメラが来ている。そこからはゆっくりカメラを挿入し、行きのカメラで異常があればまず写真を撮る。問題なければ、食道‐胃接合部(EC junction)のところまでカメラを進め、観察して写真を1枚(これはGERDの診断に大事な写真)。EC junctionを越えて胃内に入ると、あまりガスを入れずに見下ろしで画像を確認しながら、カメラを幽門に進め、カメラを通す前に幽門部の写真を。その後幽門を越えて十二指腸球部にカメラを進め、潰瘍瘢痕などないかを確認し、写真を撮影、その次はカメラをゆっくり進めながら先端をdownし、カメラをよっこいしょとひねると十二指腸下降脚とVater乳頭部が確認できる。そこで写真を1枚。ひとまずカメラを進めるのはここまでで、あとはカメラを引きながら再度十二指腸球部で写真を撮り、胃内に戻ると胃内に空気を送って(送気)、胃を膨らませ、前庭部(胃の出口付近)を観察して写真を撮影、次にカメラの先端をぎゅっとまげて、胃潰瘍がよくできやすい胃角部小弯側を腹側~背側にかけて角度を変えて撮影、そのまま胃内を見上げた状態で胃体の腹側、小弯側、背側、大弯側を確認しながら撮影、そのままカメラを引っ張ってきて、胃底部、噴門部(胃の入り口部分)を見上げた状態で確認し撮影、今度はカメラの先端を下向き(自然な向き)に戻し、もう一度カメラを挿入し、見下ろしの状態で胃角部大弯側と胃体部を観察、少し角度を変えて胃底部を観察し、問題がなければ、胃内の空気を抜いて胃の観察は終了。おかしな病変があれば、インジゴカルミンという青い色素を噴霧してよく観察、病変があれば、その中心ではなく、その境界あたりを生検鉗子で生検。胃内の観察終了時に生検部位の出血が止まっているかどうかを水をかけて確認し、止血を確認してから胃内の空気を抜く。これで胃の評価を終え、カメラを抜いてきて、もう一度EC junction部からゆっくりカメラを引きながら食道粘膜を確認、病変があれば写真、必要があれば、食道粘膜にルゴール液を散布して病変の確認と必要があれば生検。食道静脈瘤などがないことを見ながら、カメラを引いていき、特に食道上部は、この引き抜きの時にしか十分見えない部位もあるので注意しながら観察。カメラが下咽頭に戻ってきたらもう一度喉頭の観察をして検査終了。吸引をかけながら、カメラを抜いて、
「お疲れ様でした」
という流れである。常に指導医が後ろにおられ、私の気づかないような病変を見つけ、
「保谷先生、ストップ!そこ、もうちょっと近づいて。そこ、生検しよう」
と微細な病変を見落とさずに指示してくださっていた。また、一日の終わりに、師匠がお手隙だったら、師匠にも内視鏡写真を見ていただき、いろいろとアドバイスをいただいた。上部消化管内視鏡検査で見つけにくいのはスキルス型の胃がんなので、内視鏡時に、十分に送気した状態で観察すると同時に、少しガスをぬいて、中程度にふくらました状態と比較すると、胃壁の硬さがわかりやすい、などいろいろな方にアドバイスをいただいた。観察範囲をすべて写真に収められているか、胃の全体がきっちり撮影されていて、撮影されていない領域がないかどうかを注意しながら検査を行なっていた。
咽頭に局所麻酔をかけ、鎮静剤としてジアゼパムを使っていても、咽頭反射(のどにモノが当たると「オエッ」っと嘔吐反射が起こること)の強い人はしんどいようで(このころはまだ、経鼻内視鏡も市販されていなかった)、あまりのしんどさに無意識にカメラをつかんでしまう人がたまにいた。カメラをつかまれると、検査ができないので、
「カメラを離してください!」
と言って、介助の看護師さんに患者さんの手をはずしてもらうことが時々あった。これは検査をする人にとっては、とてもやりにくかったことを覚えている。
循環器内科の心カテと同様に、内視鏡検査も中毒性があり、初心者なので症例を重ねるごとに上達するのがわかる。なので検査をすることが楽しかった。師匠が
「初期研修医には専門検査をさせない」
という意味がよく分かった。
一人の患者さんを検査をするとすぐに所見を入力していくが、所見も最初は指導医の先生が言われる所見を電子カルテに入力するだけだったのだが、だんだん、自分で所見をつけて確認してもらう、というように進歩していった。当院での上部消化管内視鏡は先端のアップダウンとカメラの回転だけで観察する、というスタイルで、カメラ先端を左右に振る、ということは基本的にしなかった。これは気管支鏡が先端のアップダウンしかできないので、それも視野に入れてのことだったのだろう。私が持っていた教科書(後期研修医がまず使う、よく売れている教科書)では、GIFでも先端を前後左右に動かす、と記載されていたので、施設や師匠によってスタイルが異なるのだなぁ、と思った。カメラの回転を使って撮影しているので、私を後ろから見ている指導医の先生からは、
「踊っているように身体があちらこちらに揺れているので、もっと両足を動かさず、体勢を安定させてカメラをするように」
と繰り返し指導を受けた。
上部消化管内視鏡は観察の手順も決まっており、各臓器で明らかに外観が異なるので、他人の行なった内視鏡検査も読みやすいのだが、次に修業を受けた下部消化管内視鏡は、なかなか写真だけで正確な位置を判断するのは難しい検査であった。
上部消化管内視鏡に慣れてくると、今度は下部消化管内視鏡の検査のトレーニングが始まった。下部消化管内視鏡は上部とは異なり、S状結腸、横行結腸が固定されていないので、上部消化管よりはるかに難度が上がっていた。まず、あまり慣れていないとS状結腸を短縮化(伸縮性、可動性のあるS状結腸をなるだけ直線状にする)がうまくできず、下行結腸にカメラの先端が届き、脾弯曲のところでもうカメラが目いっぱい奥まで入っていて、先に進めない、なんてことが最初のころはよくあった。
下部消化管内視鏡は、内視鏡先端を上行結腸起始部あるいはバウヒン弁を越えて回腸末端までカメラを挿入し、そこから検査が始まるのだが、指導医の先生はすいすいと上行結腸まで内視鏡を挿入されるのに、私(に限らず、初心者)はまず検査のスタート台に立てないことが多かった。30分ほど頑張っても盲腸にカメラを持っていけなければ指導医と交代となった。下部消化管内視鏡トレーニング用のシミュレーターが内視鏡室にあったのを見つけたので、通常業務を終えて、当直にもあたっていなければ、シミュレーターを使って個人的に下部消化管内視鏡の自主トレーニングを行なっていたが、シミュレーターではうまくできるようになっても、実際の患者さんでは難しく、なかなかうまくいかないことが続いた。
あとは、下部消化管内視鏡はポリープの切除術が多く、大きなポリープはEMRという手技でポリープを取っていた。大腸は明らかな指標となるものがなく、カメラが何㎝挿入された部位に赫赫云々の所見を認める、という記載をするのが一般的だった。時にはカメラ挿入時には明らかに病変があったのに、盲腸部から、内視鏡を引きながら観察を開始すると、病変が見つからない、ということも時々あったように覚えている。
胃壁と比べて、大腸の粘膜は薄いため、穿孔などの合併症は10倍近く下部消化管穿孔の方が発生率が高い。運よく私はトラブルなく済んだが、4か月の研修中で別々の医師が2人、大腸カメラで穿孔の合併症を起こしていたことを覚えている。おそらく私はこれからも、下部消化管内視鏡は行わないだろうと思っている。とはいえ、手技が上達するのは楽しかった。
あと、下部消化管内視鏡など、大腸の検査では、検査の時点で便が溜まっていないのが良い検査をする条件であった。なので、上部消化管内視鏡は、抗血栓療法を受けている人は薬剤の種類によって所定の日数、休薬が必要であったがそのほかは、当日絶食だけで検査ができるのだが、下部消化管内視鏡の検査では抗血栓療法の休薬と、前日の夕食の注意事項、夜の下剤の内服など、行なうべきことが多かった。また、当院では病院に来てから洗腸液を内服してもらっていたが、若い人には2Lの内服はあまり問題ないものの、高齢の方では、それだけで嘔吐をしてしまったりするので、高齢の人に大腸の検査をするのは、検査の準備段階でのリスクも高かった。しかし、高齢の方ほど、下部消化管内視鏡検査を必要とする症状を訴える方は多く、悩ましい問題であった。
余談であるが、私が後期研修を修了し、新たな職場に移る前に
「一通り、全身検索をしておこう」
と考え、頭部MRI、胸腹部造影CT、GIF、CFを予約した。1日ですべて終わるよう予約し、画像評価はスムーズに済んだ。残るは内視鏡だけだった。前日は診療所での当直だったので、前日に下剤を飲んで当直したのだが、あまり困ったことにはならなかった。洗腸液を2L飲んで、だいぶん便も透明になったので、内視鏡検査を開始となった。検査は私の内視鏡の師匠である、杉本先生だった。ジアゼパムの常用量で鎮静をかけ、最初はGIFを開始したが、どうも私は咽頭反射が強いようで、ひどく「オエッ、オエッ!」となっていた。何とか内視鏡が下咽頭を通過し、胃内をカメラが進んでいるときに、あれほど自分がされて嫌だった
「カメラを握りしめてしまうこと」
をしてしまった。杉本先生からは
「こら~っ!保谷!カメラを握るな~!」
と叱られ、杉本先生から看護師さんに
「保谷は元気やから、もう一回、同量のジアゼパムで鎮静をかけて!」
と指示が飛び、普通の人の倍量のジアゼパムを投与された。
ジアゼパムは健忘を誘発するので、それ以降のことはうすぼんやりとしか覚えていない。目いっぱい鎮静が効いているので、身体はふにゃふにゃになっており、看護師さんの介助でGIFの体位からCFの体位に体位変換をされたようである。CFは人によっては、痛みが出ることもあるのだが、何かおなかの中を管が動いている感覚はあったのだが、痛みはなく、ほとんど記憶になかった。検査が終わったが、フラフラで立つのもままならなかったので、使っていない検査室のベッドで休憩。何時間休憩したか、全く記憶になかった。何とか目が覚めてきたので、看護師さんに手伝ってもらい、服を着替え、検査を終了した。さすがにジアゼパム倍量はよく効いた。その日一日フラフラであった。
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