第10話 ラッキー?アンラッキー?

 循環器内科は、主に心臓を守備範囲としているので、時には心肺停止状態の患者さん、あるいは極めて心肺停止状態に近い患者さんにPCIを行なうこともある。私は1度だけ、当直帯に、救急車内で心肺停止となった胸痛を主訴とする患者さんの経験がある。夜間帯でありスタッフが少なく、たまたま本田院長が当直医だったので、ERで挿管、人工呼吸器管理を開始し、心臓マッサージをしながらカテ室へ。僕が心臓マッサージを続けながら、懸命に救命のためのPCIを行なう院長の気迫に感銘を受けたことを覚えている。日中でスタッフのいるときには、このような患者さんはPCPS(人工心肺、ちなみに今話題になっているECMOと同じ機械で、体内の血管との接続の仕方で呼び方が変わる。今では呼吸サポート目的のECMOはV-V ECMO、人工心肺の役割をするときにはV-A ECMOと呼んだりする)をつけて、PCIを行なうのだが、4か月の研修期間中、PCPSをつけながらPCIをしたり、あるいはCAG,PCIの処置中に心肺停止となって緊急でPCPSを開始する、という事態には遭遇しなかった。

 「私のかかわった心カテでは、一度も急変なく無事にカテを終えることができた」

 という点では、患者さんも、私もラッキーだったのかもしれないが、PCPSを装着する、という経験を積めなかったのはちょっと残念だった。


 私が循環器内科研修を終えてから1週間ほどたったある日、日中の内科ER紹介患者当番だった私に、急性心筋梗塞での紹介連絡があった。坂谷先生にも連絡が行っており、ERで初期評価を終えると、新たに循環器内科ローテーターとなったタマゴンと坂谷先生がやってきて、患者さんをカテ室に連れて行った。少し手が空いたのでカテ室を覗きに行き、PCIを見学していたところ、突然患者さんがVf(Ventricular Fibllilation:心室細動、心室がけいれんしており、心臓から血液が送り出せない心停止の状態)となった。坂谷先生とタマゴンは清潔の状態なので、急いで私がカテ室に飛び込み、清潔の覆布の下に手を入れ、心臓マッサージを開始した。カテ室のPCPSは常にスタンバイ状態となっており、坂谷先生が

 「今からPCPSを回すよ!」

 の声と同時に、臨床工学技師がカテ室に飛び込み、すぐにPCPSをセッティング。太いカテーテルを大腿静脈、大腿動脈から挿入し、大腿動脈から挿入したカテーテルは先端を大動脈分岐部付近に持って行ってPCPSを開始、ということになっているはずなのだが、私は心臓マッサージで手が離せず、坂谷先生の手元は、患者さんの身体で隠れて見えず、少なくともその現場の緊張感は味わえたが、どうやって挿入するのかは見えなかった。PCPSが回り始めると、心臓マッサージも不要になる。

 「保谷先生、ありがとう。心マお疲れさま!」

 と声をかけてくださりPCIを再開する坂谷先生。私のPHSにも呼び出しのコールがあり、カテ室を離れたが、私がいた4か月間、全くPCPSの出番がなかったのに、タマゴンになったとたんに出番がやってきて、手技を覚えたい身としてはちょっとうらやましかった。何がラッキーで、何がアンラッキーなのかは一概には言えないが、私はそういうタイミングをなぜか外してしまう星のもとにいるのかもしれないなぁ、と思ったのは事実である。


 あともう一つ、循環器内科研修中は一度ER当直で重症患者さんを対応しており、どうしても7時からのカンファレンスに出れなかったことがあったが、それ以外は7時からのカルテ回診に遅刻することはなかった。一応、坂谷先生が後ろで見ていてくださっているがCAGも一人でスムーズにできるようになり、一時的ペースメーカー挿入も一人でできるようになったのだが、残念なことに飲み会の声はかからなかった。まぁ、大酒を飲むと、あとがしんどいので、それはそれでラッキーだったのかもしれないし、アンラッキーなのかもしれない。

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