第9話 循環器内科研修あるある

 循環器内科で研修を受けていて驚いたことの一つは、うっ血性心不全急性増悪の治療後に、普段より高い割合で脳梗塞を来すことがある、ということであった。朝の回診では「だいぶ楽になりました」とおっしゃっておられた方が、昼食の配膳時に容体が急変しており、

 「保谷先生、◇×さんの様子がおかしいので、すぐ来ていただけますか?!」

 と病棟から緊急call。診察に行くと、うつろな目をされて、呼びかけにも発語がなく、明らかに片方の上下肢がマヒしている。頭部CTでは出血の所見なく、広範な脳梗塞、と診断することがまれならずあった。循環器内科研修中の4ヶ月で、数名経験しただろうか?


 うっ血性心不全の治療で、うっ血の改善のために利尿剤を使うことが多く、そのため、脱水、血液濃縮のため、血栓ができやすくなっているのか、あるいは何らかのメカニズムで、凝固因子が活性化し、凝固系が亢進しているのか、本当のところはわからない。

 多くのうっ血性心不全の患者さんが、心不全の基礎疾患として心筋虚血を持ち、虚血性心不全として、バイアスピリンなどの抗血小板薬を使用していたのだが、それでも、脳梗塞を起こすときは起こすようであった。


 指導医の坂谷先生も、

 「保谷先生。うっ血性心不全の患者さんで、回復期に脳梗塞を発症することは多いんだ。せっかく良くなってきて、もうすぐ退院予定だったのに、悔しいね」と仰られていた。



 また、総合内科より年齢層は若いとはいえ、特にうっ血性心不全の方は高齢の方が多かった。また、高齢の方では腎機能も悪い方が多かった。心臓と腎臓、両方が悪い方の治療は非常に心悩ませるものであった。

 心臓のことを考えると、体内の水分量、循環血液量を減らすことが心臓の負担を軽減することになり、心臓に優しい。逆に、腎臓のことを考えると、ある程度の水分を投与し、脱水にならないように管理することが腎臓にとっては優しい。となると、心臓の治療と腎臓の治療はいわば正反対の治療となるのであった。

 高齢者の医療では、このように「あちらを立てればこちらが立たず」ということがよくあることである。「生命」というものが、微妙なバランスの上に成り立っていることがよく分かる。

 とはいえ、患者さんを治療しなければいけない。どちらの臓器をより優先するか、というと、どうしても心臓を優先してしまう。利尿剤をかけ、水分量をdry sideで管理するのがまず優先される(もちろんR-A-A系など、液性因子を考えた治療も並行するのだが)。そんなわけで、腎臓の負荷になる、と思いつつ利尿剤をかけ、うっ血を取り、飲水制限をかけて心不全を管理するのである。

 「腎臓君、負担をかけて申し訳ない」

 と思いながら、うっ血性心不全の治療を行なっていた。


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