第5話 様々な不整脈

 循環器内科ではもちろん、不整脈の対応もしていた。実臨床で出会う頻度の高い不整脈は心房細動(Af: Atrial fiblilation)であるが、丁度そのころにAfの患者さんに対して、リズム不整を治療するrhythm controlと、Afはそのままに心拍数を維持するrate controlを比較し、rate controlの方が予後がいい、という論文が発表され、むしろAfに伴う血栓塞栓症の治療を中心に考えるように大きく流れが変わった時期であった。とはいえ、寺岡先生が、先生かかりつけのpAf(発作性心房細動:paroxysmal Af)の患者さんに対して、ジアゼパムで麻酔下に50Jでの除細動をされているのをお手伝いしたこともある。現在私も、若年で発作的に症状を訴える基礎疾患のないpAfに対して、サンリズム(50)2T屯用で薬物的除細動を行なうこともしている。

 だが基本的にはAfの方の初診時はCHADS2スコアでリスクを評価し、抗凝固療法の適応を判断することと、カテーテルアブレーションについてお話しし、比較的若い高齢者(矛盾した表現だなぁ)で希望があれば、アブレーションのために高次医療機関の循環器内科に紹介するようにしている。

 健診でよく引っかかってくるのはVPC(発作性心室性期外収縮:Ventricular Premature Contraction )だが、心筋虚血の既往のない散発のVPCについては、「健康な心臓でもしばしば見つかる不整脈ですよ」と伝えて、無症候性の方については経過観察としている。心筋虚血の既往がある方のVPCについては、「循環器の先生と相談してください」と伝えている。実際には、内服薬で管理するのだろうか?散発VPCで動悸の症状がある何人かの方にVaughan-Williams分類Ib群のメキシチールを処方したことがあるが、あまりメキシチールのアドヒアランスは良くない(というか、悪い)。私個人の感想だが、メキシチールの効果よりも副作用の方が強く、服用を継続できないことがほとんどである。基礎心疾患のない方の有症状散発VPCは、ベンゾジアゼピンなどの方がいいのかもしれない。一度だけ、おしゃべりできるVT(心室頻拍:Ventricular Tachycardia)を経験したことがあるが、その時はすぐに点滴路を確保して除細動を行なった。


 後期研修後に就職した診療所では数例しか経験していないが、研修医時代はERでPSVT(Paroxysmal Supra-Ventricular Tachycardia)をしばしば経験した。教科書ではPVRTとPVNRTの鑑別、などと記載されていたが、どちらがどのような特徴を持っていたか、悲しいことにもう私の頭からは失われてしまった。ERでは、アデホス(ATP)を用いてPSVTを止めることが多かった。患者さんにお話を聞くと、アデホスの治療は本当に苦しいようで、振り返ると申し訳ない気がするが、即効性は抜群だった。患者さんに喘息の既往がないことを確認し、患者さんをERに呼び込んでモニタ、点滴路を三方活栓を二つ付けて確保。後方の三方活栓には20mlシリンジをつけ、点滴液を20ml吸った状態でスタンバイ、前方の三方活栓にアデホスを吸った小さなシリンジをつけ、

 「今からちょっとしんどいですよ。せーのーで」

 と患者さんに声をかけると同時に一気にアデホスを注射し、すぐ三方活栓を切り替え後方の20mlシリンジを急いで注入し、患者さんに一気に薬を投与する(アデホスの体内での半減期は10秒ほど)。多くの患者さんが「う~っ!」とうめき声をあげると同時に、モニターの心電図波形が一時平坦になる。この時間は処置をしている私も冷や汗が出ている状態で、内心、「このままFlatが続くとどうしよう」とドキドキしていた。数秒~10秒くらいで洞調律の心電図波形がモニタに出てきて、患者さんも「落ち着きました」とおっしゃられる。こちらも正常な洞調律波形を見て「ほ~っ!」と一安心する処置であった。教科書では、1回目はアデホス0.5Aを、2回目にはアデホス1Aを用いるとされており、多くの患者さんは1Aが必要であった。

 PSVTと鑑別が難しいのが心房粗動(AFL:Atrial Flatter)で、PSVTが120~130回/分程度、AFLが150回/分程度で、どちらも規則正しい頻拍なので鑑別が難しい。一度、PSVTと診断した方をアデホスで治療した際、1回目のアデホス0.5Aで一旦心停止した後、再度頻拍の状態で心拍が始まった。2回目にアデホス 1Aを注射し、心停止が起きているときにモニタをよく見ると、本来は平坦になるはずのモニタ波形が規則的に細かく波打っていることに気づいた。その時点で初めて、この患者さんはPSVTではなく、AFLだったと診断。やはり波形は頻拍のままであったので、今度はワソラン(初期研修医時代、使い方が分からず困ったベラパミル)1A+生食50ml 30分で点滴とし、HR 80台程度に戻り、患者さんも落ち着きました、とおっしゃられたので帰宅としたことを覚えている。


 不整脈があっても、血行動態が安定している方に対しては上記の様に薬剤で対応することがほとんどであるが、血圧の低下している頻拍性不整脈については、前述の電気的除細動が必要になる。とはいえ、CPAで搬送された患者さん以外で電気的除細動をすることは私の患者さんではほとんどなかった。前述の寺岡先生の、pAfに対する電気的除細動も、患者さんがその先生のかかりつけでしっかり病態の把握ができていることが前提での除細動であり、本来は血行動態が安定しているならば、発症から48時間以内、経食道心エコーで血栓がないことを確認してからでなければ、除細動の適応とはならない。


 脈の速くなる不整脈もあれば、脈が遅くなる不整脈もある。多くは洞不全症候群(SSS:Sick Sinus Syndrome)か、房室ブロックであることが多かった。急性心筋梗塞に伴う完全房室ブロックは循環器内科研修中に数例経験したが、原則、カテ室で一時的ペースメーカーを挿入後、PCIを行ない、ほぼ全例が改善し、ペースメーカーを離脱したように記憶している。後期研修後、診療所で、2:1高度房室ブロック、MobitzⅡ型のⅡ度房室ブロックを経験したが、これはどちらの方も、高次医療機関の循環器内科に紹介とした。おそらく原因検索と、ペースメーカー埋め込み、という治療になったと記憶している。洞不全症候群の中の、洞徐脈は若い方に多い印象で(私もそうだが)、健診を受けられた際、安静時の12誘導心電図でHR 40台なので精密検査を、ということで、どちらかというと九田記念病院ではなく、その後に就職したクリニックで診察した方が多かった。少し廊下を歩いてもらって、胸痛などの症状がなく、脈拍も上がっているようなら、経過観察、としていた。高齢者の方でお一人、HRが48程度の方に対して、頻拍の副作用のあるプレタール(シロスタゾール)を処方して(もちろん無症候性だが脳梗塞の所見もあった方)様子を見たこともあった。洞房ブロックはあまり見たことはないが、こちらもペースメーカーの適応となる。


 SSSでも、徐脈頻脈症候群は厄介である。私が経験したのは指導医の坂谷先生が学会に行かれ、不在だった時なので強く印象に残っている。


 70代台の女性の方で、1週間前の坂谷先生の外来に動悸で受診され、頻拍性の心房細動と診断。ワソラン 1Aを点滴され、「落ち着いた」と言って帰られた方であった。再度、動悸がして苦しいとのことで再受診。坂谷先生が不在のため、私の外来にカルテが回ってきた。血圧は120台だが、心電図をとると、HRは130~150台と非常に頻拍となっており、R-R間隔も不整。前回と同様のrapid Afと考え、念のため心電図モニタを装着し、前回と同様にワソラン 1A+生食50mlを20分かけて点滴、と指示を出した。手持ちの循環器の教科書では、ワソランは

 「それほど危険な副作用はない、安全性の高い薬」

 と記載されており、実際にこれまで使って、大きなトラブルもなかった。なので指示を出した後は、また外来診察に注力していたが、突然ERから連絡があり、

 「ワソラン点滴中の患者さん、HRが40台に下がって、血圧も80台です」

 とのこと。急いで患者さんのもとに駆けつけ、診察すると、

 「なんか、少し頭がボーっとしています」

とのこと。この心拍数、この血圧では帰せないなぁ、と考え、入院とした。Afについてはジゴシン(強心剤ジギタリス製剤、房室結節の活動性を抑え、Afの心拍を抑制する作用がある)の点滴を使い、血圧低下は、入院時の胸部レントゲンで心拡大があったので、輸液負荷はあまり適切でないと考え、ドパミン(DOA)で血圧管理を行なった。

 翌日の朝回診時には、AfだがHR 90台、血圧も120台となっており、患者さんも

「今朝は普段通りの体調です」

と仰られた。DOAを中止し、念のためのルートのみ留置し、経過観察としていたのだが、夕方に再度、頻拍発作をきたした。HRはモニターで140台のrapid Af。患者さんは

 「胸が苦しい」

というが、時に

 「ふぅ~」、あるいは「あぁ~っ」

 と言って意識が遠のき、その時にはモニタ上で数秒ほどflatになる。頻拍と徐脈を繰り返す典型的な徐脈頻脈症候群であった。一時的ペースメーカーの適応だが、非常に困ったことにその日は私はER当直で、16:30、あと30分ほどでERに向かわなければならない。大変心苦しかったのだが、院長の本田先生に病棟に来ていただくようお願いした。本田先生はすぐに来てくれて、私から病状を説明。

 「OK! わかったよ。これはtemporary(一時的、という意味、一時的ペースメーカー(TPM)を指す)が必要だね。あとは僕に任せて、保谷先生はもうERに行って」

 と言って下さり、私はERに。本田先生がTPMを挿入してくださった。TPMでベースとなる心拍数を確保しながら、ワソランでrapid Afを抑える、という形で管理してくださった。この患者さんは坂谷先生が戻られた後、PPM(Permanent Pace Maker、埋め込み型ペースメーカー)を挿入し、退院となられた。あの時の150回近くの頻拍から突然数秒間の心停止を繰り返すモニター波形と、繰り返し意識が遠のいていく患者さんの姿は今でも忘れられない。



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