薫る竜の島の物語

椎名 碧

第2話


「ルート確認。やはりかなりの大型ルートに発達しそうだ。気を付けろ。奴らがくる」

「了解」


 天空庁からの連絡が入ったのは、うねりが観測されてから1週間ほどした頃。発達してルートになるか。それとも乱気流に飲み込まれていくか、慎重に見極めないといけない。竜騎士団は国境警備隊は天空庁と連絡を取りながら、普段にも増して念入りに巡視を行っていた。


 中程度のルートであれば、大陸の人間もバカではないので無理をしない。しかし大型ともなれば話は別だ。下手すると1週間ほど維持された状態になる。そこまで長い事は稀ではあったけれど、もし王都近辺に出口が出来ていたら大問題だ。


 まだあどけさが残るサクラ・ボスウェリアは、竜騎士になったばかりだった。彼女はじゃじゃ馬とされた金翼の白竜に騎乗し、森の上を滑空していた。おぞましい事に大陸の盗賊たちはルートを見つける為に、スラム街など誘拐してきた子供たちの身体に発信機である魔石を埋め込み、うねりの中に次々に放り込む。ルートになってからでは遅いからだ。そして王国に繋がったのを確認できると、一斉にそのルートをたどり王国へやってくる。

 竜騎士団や国境警備隊は、そういう輩を一網打尽にしなければならない。その為にはルートを辿ってきた最初の子供たちの身体にある魔石を破壊するのが、もっとも大切な仕事となる。それを知った時、サクラは正しく反吐が出た。人として有り得ない。人の命をなんだと思っている。相対した事ない盗賊たちに憎しみが湧きおこるのを感じていた。


 今回のルートは王都から遠く離れた場所に出来つつあった。投げ出された位置にもよるが、放り込まれた子供たちはその後にやってくる盗賊たちと違って防具やパラシュートなどは持っていない。その為大概途中で絶命してしまうので。当然ながら武装もしていない。盗賊にしてみれば、子供たちの命などどうでもよく、そこに埋め込まれた魔石が、例え片手だけになろうと石を守り、常に発信していればいいだけだ。以前子供の腕らしき残骸にあった魔石を思い出して、サクラはその美しい眉を顰めた。


「カリオフィレン、私はあいつらが絶対に許せない」


 サクラがそうやって白竜に声を掛けると、カリオフィレンと呼ばれた竜は高くいななき、金翼を大きく羽ばたかせた。


「うん。お前もそうだよね。だから絶対に侵入を阻止してやる」


 雷が鳴り、一気に雲行きが怪しくなる。最悪だ。雨や雷が侵入者たちを隠してしまう。頼りになるのは竜が自ら持つセンサーと、緑色の魔石の光だ。その光が見えなくなってしまう。


「まって」


 カリオフィレンにホバリングするように指示を出すと、サクラはルートを形成し始めた天空を睨み付ける。何かが光ったような気がしたからだ。


「カリオフィレン、分かる?」


 ポツリポツリと肌に大粒の雨が当たる。暫くするとカリオフィレンは、体をくねらせある方向に向かって飛び始めた。


「隊長。どうやら先行者らしきものを確認。向かいます」


 防具に仕込まれている通信機で連絡を取ると、あちらでも幾つか確認したようで個別に対応することになった。一気に強くなった雨足。カリオフィレンは竜の中でも小回りが利き、スピードも速い。雨粒が叩きつけられているフェイスシールドは、竜の抜け殻から出来たもので、それでなければ破壊されていたかもしれない。


 森に落ちていく雨はしぶきとなって、サクラの視界を遮る。こうなるとカリオフィレンの眼と感覚だけが頼りだ。早くしないと侵入者たちがやってくる。無線からは途切れながらも発見した報告が上がってくる。


 自分のみ間違いだろうか。いやカリオフィレンも反応している。


 一瞬光ったものが見えた。


「カリオフィレン!あそこだ!」


 サクラが指したのは湖の端の方だった。これが湖の真ん中だと沈み込んでしまう可能性があり厄介だったが、幸いにも、そしてどんな偶然が重なったのか、巨大な蓮の葉の上に血だらけの子供が横たわっていた。カリオフィレンは慎重に子供を捕まえ岸に下ろした。少年の右足は異様な方向に折れ、コブとはいいがたい大きな塊がいびつに盛り上がっており、そこから緑色の独特の光が放たれていた。間違いなく盗賊たちの仕業だ。

 サクラは迷うことなく、その光に向かって剣を突き立てた。


「ぐあっ!」

「えっ!?」


 驚いたことに子供は生きていた。サクラの立てた剣先からは鮮血が飛び出している。雨が洗い流していなかったら凄惨な光景だ。まさか先行者が生きているとは思っていなかった。褐色の肌にエメラルドの瞳が映える。怯えたように見詰めるその視線は、サクラの瞳をつかんで離さなかった。助けを乞うかのように弱々しく手を上げる。


「助…け…」


 サクラがたじろんでいるとカリオフィレンが雄たけびを上げた。我に返ったサクラは「ごめん」と声にならない言葉を発しながら、何度も石に向かって剣を打った。暫くすると光は霧散し、魔石は力を失った。


 既に気を失っていた子供の右足はズタボロだった。もう再生させるのは難しい。そこでサクラは足を切断し、止血をするとカリオフィレンと共に駐屯地へと向かった。



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薫る竜の島の物語 椎名 碧 @shina_mikoto

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