第10話

 デヴィッドを独り執務室に残し、わざとらしく音をたて扉を閉め、カツカツ廊下を歩く。

 ため息をつきながらグルグルと階段を一段飛ばしで降りていくと目を回しかけたところでやっと平らな大理石の床にたどり着いた。

 ざわついていた空気が、更に増す。

 ローレンスは副総長と共に手摺の端からこちらの様子を伺い、副総長はピーターとカロサリーの顔を見比べ続けている。

 背後から着いてきていたピーターが咳払いを一回すると瞬時に場が引き締まる。

 魔法使いがいる世界ではあるけれど、魔法が使える人間なんてほんの一握り。当然、我が家で使えるのはローレンスとお父様らしい人のみ。

 カロサリーやピーターは奇跡を使える人間ではない。

 なのに、この場面をつくり出せるピーターとは何者なのだろうか。執事長以外の顔が有るような気がしなくもない、なんて妄想をこんなときに膨らませてしまう。が、いまはそんなことをしている場合ではないのだ。

 どう切り出したものかと、ピーターを見上げ顔色伺いをすると、トンっと背を押されて数歩前に出てしまった。

 早く仕切れ、と言いたげな顔がカロサリーを見下ろしている。

『思うままに指揮をおとりください』

 そう、あの時ピーターは言った。

 責任は全てとる、とも。

 ため息と一緒に深く深呼吸をすると語り始める。

「皆、集まってくださって本当にありがとう」    

 最初に言うなら、感謝を。これは決めていた。

「早速で悪いけれど、今回の災害状態について説明させてちょうだい」

 いま持っている情報を出来るだけ細かく、これからの我が家の対応策もかみ砕いて解説する。

 現状を詳しく知る事は、命を守ることにも繋がる筈。筈、としか言い切ることができないのが痛い所だ。

 使用人からすれば初めて耳にする現状報告もあることだろう。

 現実を包み隠さず話す。

 この現状を口にしたところで全てを信じてもらえるとは、ここでも思えない。それでも、そうなんだ、と受け入れて貰う事しかカロサリーには出来ないのだ。

 使用人、皆が信じてくれるしか術がない。祈るような、心地。

 避難所についての話をすれば、やはりざわめきが小さく広がっていく。

「川沿いに住む家族や大切な人がいる者は、屋敷に連れてきなさい。隣、近所にお年寄りや小さな子供が居る家には最優先で声掛けをしなさい」

 たかが十歳数ヶ月の小娘が先頭に立てばお嬢様としての信頼はあれど、大勢多数を率いる能力については信頼も信用も無いに等しいだろう。

 まして、屋敷を避難所とするだなんて、我が家の歴史か始まってから一度たりとも無いのだ。

 動揺するのも、どれだけ使用人たちに無理を強いることになるのかも、分かっているつもりだ。

『領民を助けてください』

 そう、ピーターが深く深く頭を下げているのを初めて見た。

 小さな手伝いを求められたことならあるし、叱られたこともある。でも、彼がカロサリーに対して助けを求められた事は今まで一度として無かった。

 だからこその重みがあの時、あの執務室にはあった。

「わたくしは……私は、領民たちの中から死者を出したくないんです」

 あぁ、なんでこんなときに視界が歪むのだろう。

 喉の奥が熱くなって声が、言葉が続かない。弱い、貴族にあるまじき弱さ。

 ワンピースの裾を強く握りしめてカロサリーは深く長く御辞儀する。

「皆さんの手を貸してください、お願いします」

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転生したら天災がおおすぎました…(笑) YUANA @202197

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