第9話
書き終わるまで一時説明を中断し、温くなった紅茶を中頃まで飲みきった時、まだか、という目でピーターがこちらの様子を伺う素振りをして見せた。
「もう、協会ぶんは終わったの?」
小首を傾げながら挑発するように微笑んでみる。
「ええ、自衛団の内容をどうぞ」
カロサリーの真似をするように笑みを浮かべながらもピーターの表情は、見縊るな、とでも言いたげだ。
こんな表情をみることになろうとは人生とは何があるかわからない。
よし、なら次に移ろう。
カロサリーも中身の解説を続ける。
「自衛団への協力要請は協会の件と避難所の解放、今回の水防対策本部の共同設置の大まかな説明書きと詳細の説明しに行く旨を追記して、あとは概ねいつも通りの文面でお願い」
先ほど独断で開いたカロサリーによる落書き発表会。この中で対策本部の説明をしていた。
ゆっくりソファーから離れて事務机にそっと近づく。
もう一度解説し直した方が良いだろうか、とピーターの手元を覗けば既に文字におこしている真っ最中。
スルスルと流れるように美しい文字が凄い早さで右から左に往復を繰り返し長年の勤めぶりを語っている。
洗練された筆遣いとカロサリーの走り書きした蚯蚓文字は比べるだけ空しさがます気がした。
永遠と眺めていられるその作業から目と意識を無理矢理反らすべく話を続ける。
「被害状況とか見回りの詳しい話諸々も聞きたいし、わたくしが説明ベタなりにでも話した方が早いでしょう。あとで行くからあなたも同行してね」
気持ちを切り替えるように冷めた紅茶を飲み干してカップとソーサーをワゴンに戻し、代わりにピーターが使っていた空のカップに温くなった紅茶を注ぐ。
「これに関して質問は?」
長時間、淹れたままの茶葉は渋味と雑味のオンパレードだ。口のなかが悲鳴を上げるだろうが、徹夜明けには良い薬だ。
並みと注いだカップがソーサーから伝わる振動で小刻みにカタカタカタと音をたてる。両手で運び邪魔にならないよう机の端に慎重に置く。
蝋封に移るのか、ピーターは引き出しから道具をポンポンと取り出し始めた。
「いいえ、特には。あぁ、ありがとうございます」
いいえ、と言いながらカロサリーは扉に目をやった。
コンコンとノックの音がして息切れながら待ち人が入ってきた。
着崩れ具合がいつもよりまた、一段と増している。
壁端にある時計を見ればあれから十分と少し。デヴィッドにしてはまずまずの結果といえるだろう。
「お疲れ様、デヴィッド兄さん」
息が上がりすぎてろくに返事も出来ないらしく、ソファーの背に両手を乗せてうつ向いている。
「紅茶でも一息着かれていかれる?」
ピーター用に淹れたまま手付かずのカップを指して聞いてはみるが、無反応のままだ。
体力に自信があったであろう次男坊がここまで疲れるとは頭脳担当の長男が抜けた穴の大きさ故なのだろう。ローレンスはまだこちらに顔を出していない。
しかし、デヴィッドが駆け込んで来たのなら、ホールには既に人が集まっているということである。
ピーターに目配せをすると手紙を胸元に仕舞ながら立ち上がる。
どうやら、そういうことらしい。
「では、ホールにいますから」
息を整えたら姿を現すだろう。使用人たちへの説明が終わった後でないことを切に願うが、それはデヴィッド次第。
カロサリーはピーターを連れて玄関ホールへと早足立って移動を始めた。
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