第4話

 冬服になった制服だけでは寒く、マフラーが恋しくなってきた頃、今日も彼女はその席に座っていた。

 電車は暖房が入り始め、足元がぽかぽかと暖かい。春を思わせるような暖かさにうつらうつらとしてしまう。

 目の前の彼女も、そんな中の1人だった。彼女も本を片手にうつらうつらとしていた。体ごとガクリと傾き、また電車の揺れも相まって余計に本を落としてしまいそうだ。


『皆様ー、本日もー、K市営電鉄をご利用いただきー、ありがとうございます。この電車はー、天越行きです。次は、星川西ー、星川西ー、降り口はー、右側です』


 星川の前の駅である浜町を通過したことを知らせるアナウンスを聞きながら目の前の彼女を見る。相変わらず船を漕ぎ、目を覚ます様子は無い。

 その時、電車が大きなカーブに差し掛かり大きく車体が傾いた。俺は毎日のことなのでつり革にしっかりと捕まって耐えたが、寝ている彼女がこのカーブに気付いているはずもない。


 バサバサッ。

 大きく前につんのめった彼女の手から落ちる本。その音にはっと目が覚めた彼女は状況が飲み込めなかったのだろうか、あわわわわ……といった効果音が付きそうな表情を浮かべている。前屈みになって本を拾おうとしているが、小柄な彼女は手が届かない。わたわたしている彼女に、しゃがみこんで本を拾いた。


『まもなくー、星川西ー、星川西ー、降り口はー、右側です。』

「はい、これ貴方のですよね?」

 アナウンスを背に、左手でヘッドフォンを外しながら拾った本を彼女に手渡す。彼女はまん丸く見開いた目でしばらく俺を見つめていた。

「……どうかしました?」

「え、あ、ありがとうございます!!」

『2番ホームからー、通勤快速アクアライン7号ー、天越行きがー、発車します。ご注意ください』

 そのアナウンスにまたはっと驚き、さっき落とした本を手に持ったままバタバタと降りていく。彼女は電車を降りてふと立ち止まってこちらを振り返り、俺を見てペコリと一礼した。


——可愛い。


 彼女の座っていた席の足元には、あの栞が居心地が悪そうに佇んでいた。

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