第54話 夢見

「夢見?」


マルスの不思議そうな問いかけに巫女様は頷いた。


「そうだ。時折それが発露するものがいる。この娘は夢を見たのだそうだ」


こちらに一斉に向いた視線に怯えながらもマリーは必死に頷いた。


「あの、夢見って、なんですか?」


ミーアがそろりと手を挙げて恐る恐る口にする。


「ここではない場所、ここではない時間、そういったものを夢に見る者。中央教国にはよくいる手合いだ」

「巫女様、中央教国でもそう滅多に生まれるものではありませんわ」

「そうだったか? かなりの頻度だったように思うが」

「……巫女の感覚ならかなりの頻度だろうな」


ゼノンがすかさず巫女様の言葉にフォローを入れる。


「とにかく、この娘はそれだ。小さな頃から未来を夢に見ていたそうだ」

「昔からマリーは変な事ばっかり言ってたけど、それかな」

「変な事ってなによっ! 全部本当の事だったじゃない!」

「確かにミーアを助けた時やマルスやエレミアと出会う切っ掛けはマリーのおかしな発言だった気がする」


全員の視線が一斉に向き、思わず巫女様の服の袖を掴んでしまう。


「そういえば、マリーったら、ヴェストが滅びてないのはおかしいとか、皇国に鬼将がどうとか言ってたわね」

「鬼将? 皇国にそんな奴はいなかった筈だが」


エレノアの言葉にゼノンが考え込む。


だって、あなたの事ですもの。


ツッコミが出そうなところをぐっと堪える。

余計な事は言わない。顔に出やすく迂闊なマリーの為に巫女様が一肌脱いでくれているのだ。

女神様改め巫女様との大事な約束だ。


「問題はそこだな」


巫女様が溜息をひとつ零す。


「と、言うと?」

「この娘の見た夢が、今のこの世界であるとは限らないという事だ」

「成程、もしもの未来という事ですわね」


エレノアが納得したように頷く。


「もしもとは程遠いものも混ざっている可能性がある」

「文献によれば、夢見の中には異世界の夢を見る者もいたといいますし、大変興味深いですわ」

「ただ、そうだな、話を聞いた限りではヴェスト以外に関してあながち的外れとも言えない部分もある。今後行動するならこの娘の言葉は指針となろうが盲信はするなよ?」

「つまり、今まで通りって事だよね?」

「お兄ちゃんひどい!」

「ひどくないだろう、ちゃんとお前の意見も聞くって言ってんだ」


マルスがマリーを宥めるように頭をぽんぽんと叩く。


「う~~~~っ」


マリーは納得できずに唸ったが、それ以上言い募る事はしなかった。

未来はマリーの知るシナリオと似ているようでまた違った未来に進みつつある。マリーの知る正解の選択が今の世界の未来の世界にとって正解とは限らないからだ。



マリーは穏やかに話す巫女様を見る。

巫女様を見た瞬間に機械仕掛けによる女神デア・エクス・マキナの名前が口から飛び出したのは本当に奇跡だった。


宿に入ってきた二人がそうだとは全く思いもしなかった。ただ、あまりにも特徴のあり過ぎるゼノンを見た時にこんなキャラ、いたかな? と記憶を探るくらいにはキャラが立っていたので仲間にできるキャラではないかと疑った。


ゼノンという名前に心臓が飛び出るくらい驚いた。よくよく見れば、確かにゼノンだった。

鬼の鎧ではないし、角は折れた訳でもないのに不揃いに中途半端な生え方をしているし、体格もイメージとは違う。マリーの記憶にあるのはどちらかと言えばパワータイプで、もう少し筋肉がしっかりとついていたイメージだったが、目の前にいるゼノンは思ったよりも細身だった。


一体、何がどうなったらここまでゲームのビジュアルと剥離するのかと驚愕した。

そして、ゼノンが明らかに大事に扱っている女性に目が向いて、その顔に既視感を覚えたのだ。

そうしてゼノンと関連付けて出てきたのが機械仕掛けによる女神デア・エクス・マキナだった。


白と黒を反転させてしまえばそのビジュアルがぴったりと一致した。


咄嗟に指まで指して大声で叫んでしまったのは本当に後悔している。

前世も含めて昔から何方の両親にも「物事はよく考えてから口にしなさい」と口を酸っぱくして言われ続けていた。


瞬間、エレノアの笑顔の温度が下がり、ゼノンが剣呑な雰囲気になった。


巫女様が個人面談を申し出てくれなかったらと思うと背筋に冷たいものが走る。


巫女様は最初こそ厳しめだったが、終始静かにマリーの話を聞いてくれた。

機械仕掛けによる女神デア・エクス・マキナの下りで表情が沈み、何か言ってはいけない事を言ってしまったのではないかと不安になった。その結末はかなり頑張ってぼかした。


レベルや経験値に関してはマリーの完全な思い違いだった。


言われてしまえばそれはそうだと納得するしかない。レベルや経験値は遊ぶ対象が手応えや敵との戦闘の目安の為に設定されたものだ。極端な事を言ってしまえば、レベルや経験値の概念がなくとも物語単体で成立するのだ。

結局は強くなるには地道な努力と経験なのだと思い知った。


巫女様はゼノンを大切に思っているようだった。


15の時からというのは驚きだが、それだけ長い付き合いであれば信頼関係も並のものではないだろう。


マリーの知るシナリオと今の世界の一番の剥離はこの二人だ。


本来なら相容れる筈がなかったのに、今こうして二人は立っている。

恋人のリラはどうなったのかとか色々気にはなるが、ゼノンの巫女様に対する態度は護衛とか従者とかを越えたところにあるように見えた。


悩むマリーにまだ何かあるかと聞いてきた巫女様に思い切って聞いてみた。

結果は死ぬほど後悔した。


ゲームでしか知らない機械仕掛けによる女神デア・エクス・マキナの、巫女様のこの世界への愛の深さを舐めていた。決して人間の物差しで測ってはいけないものだった。


もしもの世界であったなら、全てを掛けて呪うと言った。シナリオ通りの結末を口にしたその言葉に迷いはない。

迷いはないが、その黒い瞳にあったのはどこまでも深い、底のない絶望と哀しみだ。


自分の口から出てしまった言葉は戻らない。時間は戻らないし、巫女様の言葉も消えはしない。

それでもなかった事にしたくて今まで話した事は嘘だと言った。ただの夢の話だと。


巫女様はびっくりした顔をしたあと、元の穏やかな巫女様にもどったが、呪うと言った時のあの底のない闇を思わせる瞳が、表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。


ヴェストは滅びず、帝国は力を落とした。皇国はそれでも巫女様を諦め切れずに狙っているという。ゼノンは巫女様を守る側にある。


ゼノンと巫女様の因縁はここにはないが、皇国へ連れ去られたら元も子もない。

マリーのできる事と言えば、ゲーム知識の持ちうる全てを使ってでも巫女様が消えてなくなる未来を阻止せねばならない。


その為には強くなる必要がある。兄も、ミーアも、マルスも、エレノアも皆強くなって仲間を増やすのだ。メインシナリオに関係なければ仲間にしやすいキャラはいくらでもいる。

このゲームはキャラゲーとしての要素もあるのだから。



マリーは決意を新たに固めるのだった。






















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