第43話 同担拒否2

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 リラは王妃付きの侍女だった。

 王妃に取り立てて頂いたきっかけはこのヴェストに数年に一度訪れる巫女様だ。

 王妃様は巫女様の舞を一度拝見して以降、すっかりファンになってしまったらしい。

 リラもまた同様だ。数年に一度訪れる巫女様は以前に訪れた時と変わらず寸分たがわぬ姿と美しさだった。


 その神秘性も相まって、男性のみならず、女性までも巫女様の虜になるのだ。


 そんな巫女様が舞いを終えて半年とたたずに姿を見せたのは城中の噂になっていた。

 当時、見習いでしかなかったリラも一目だけでも見る機会はないものかと、必死に色々探ったものだったが、残念ながら巫女様は翌日にはもうこの城を発たれたと聞いて酷くがっかりしたのを覚えている。


 そんな巫女様と入れ替わるように噂になったのがゼノンである。


 貧民街の痩せた子供にしか見えない彼はひどくきれいな顔立ちもあいまって様々な噂が飛び交った。何せ宰相様とゴウキ様が力を入れて育てている子供だと言う。


 偶に見るゼノンはいつも誰かにどこかへ連れて行かれていた。綺麗な服を着ている時もあれば、何かの訓練の装いの時もある。なのにそれが何処へ連れて行かれて何をしているかも知られていないので、あらぬ噂も立ち、特に一部の女性が湧きたった。腐った輩はどこにでもいる。


 そうこうしている内にゼノンの周りは様々な噂で溢れていた。

 曰く、角の成長の止まった鬼人の半端者。曰くその実力は折り紙つき。曰く、指揮系統に回せば負けなし。一人では大した事はない、などなど、良い噂も悪い噂もごちゃ混ぜで、何が本当なのかも分からない。


 本人は噂を耳にした事もあるだろうに気にした素振りは一切なく、いつも一人で飄々としていた。


 そうして更に3年。巫女様が再び姿をお見せになったらしいが、やはり翌日には発たれていってしまったと聞いて非常にがっかりした。王妃様もせめてご挨拶のひとつもしたかったと気を落とされていたが、寿ぎの言葉を巫女様から頂いたとの事で大変お喜びになっていた。


 同時にゼノンが姿を消した事も逃げ出したのだと噂になったが噂は噂だ。ゴウキ様が許可を出した事は確かだ。

 噂を流した者の中にはその真実を知る者はいなかったのだと思う。リラも特に王妃様には聞かなかった。


 そうして今からさかのぼる事3年前。巫女様があのゼノンと共に帰還したのだ。


 勿論、それを知るのは一部の限られた人間だけである。

 巫女様は旅の途中で体調を崩されて少なくとも1年、長くとも2年はこの城で療養されるらしいと聞き、王妃様の許可をいただき、身の回りのお世話係に立候補し、リラは見事その権利を勝ち取った。


 本来ならば最低でも王妃様と同じくらいの身の回りのお世話をする者が用意される筈だったが、巫女様が最小限でと仰ったらしい。


 今のところは3人で回しているが、余程の事がない限りはお側に控えるのは一人だ。

 尊い巫女様を独り占めできるのである。


 大変気性の穏やかな巫女様は特に何も要望を出す事はない。


 バルコニーに出ては小鳥と戯れ、静かな眼差しで本を読む。時間になればお休みになる。

 非常に眼福である。

 着替えや入浴のお手伝いは不要と言われたが、こちらの仕事がなくなってしまうので、とそれとなくお願いしてみたら、それはさせていただけるようになった。


 入浴に関しては三人がかりだ。それだけは誰一人として譲ろうとしなかった。 

 真っ白な滑らかな肌、日焼けもシミもどこにもなく、身体の曲線は見事の一言。腰まで真っすぐ流れる髪も指通りが良く、絹糸のようで痛みは一切見られない。

 女のリラでも生唾を呑み込まずにはいられない。同僚の二人もやはり頬を染め、うっとりと巫女様のお身体に見惚れているのがわかる。


 その視線に戸惑いを見せる巫女様がこれがまた堪らず、思わず鼻息が荒くなるのを抑えたり、垂れそうな涎を呑み込んだり、鼻血を堪えるのに必死と様々だ。


 非常に眼福である。


 そんな巫女様との穏やかで至福の時を邪魔する不調法者がゼノンだった。

 ゼノンの態度は非常に強引で馴れ馴れしい。何の躊躇いもなく巫女様へ手を伸ばす。巫女様を巫女と呼びはするが、敬意を払う様子は一切ない。それに何より許せないのは二人になると巫女様を名前で呼ぶ事だ。


 巫女様もまたゼノンではない名でゼノンを呼んでいる事がある。


 聞くところによると、それはゼノンだけに許された特権だと言う。


 幼い頃から巫女様を知り、初めてそのお姿を目にした瞬間からお慕いしている身とすれば、トンビに油揚げを掻っ攫われた気分だ。 死ねばいいのに。


 ゼノンと巫女様の関係は、一見ゼノンの片想いのように見える。巫女様は誰に対しても穏やかで優しいお顔を向けられる。

 だが、ゼノンに対しては同じ態度とは言い難い。何せ何年も供としてお連れになっていたのだ。

 それなりに信頼を寄せてはいるのだろう。そこを差し引いても巫女様の態度は他の者に向けるそれとは若干異なる。


 巫女様がそうお望みになるなら非常に業腹であるがリラとて応援するのもやぶさかではない。しかしだ。


 ゼノンが立ち去る際に見せる巫女様の目に浮かぶほんの少しの寂寥せきりょうにあの男は気づいていない。

 その寂寥せきりょうの裏にひっそり隠れるその色も。


 巫女様にそんなお顔をさせておきながら気づいていないあの男がリラは嫌いだ。それ以前に生理的に受け付けない。

 仮に、万が一、億が一にも何らかの間違いの末に自分の恋人であったなら、と立つ鳥肌に必死に耐え、想像してみたが無理だった。


 絶対にありえない。


 巫女様が何を思ってリラにあのような発言をしたのか理解できないが、大変申し訳ないがあの男だけは無理だ。


 まあ、巫女様を何より大事している事に関しては認めてやっても良い、それだけだ。それ以外は認めない。巫女様を思う同士ではない。あいつは敵だ。


リラは改めてその認識を強くした。

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