第44話 色々ありますわな

 私がヴェストへ身を寄せてそこそこ経つ。

 細かな年数を数えるのは苦手だが、双子の王子王女の年頃から逆算するに3年か4年といったところか。


 別の時間軸に飛ばされて以降、頻繁に眠る事が増えた。

 きょうだいの見立てではとっくに元に戻っている筈なのに、それが中々元に戻らない。

 何分、変容する御使いは私が初めてなので、ひょっとしたら見立て違いもあったのかもしれない。


 変容と言えば、きょうだいはいつの間にか、別れ際に私の頭を撫でるようになった。

 そして旅の道中とは違って中々会えないザイは額同士を合わせるようになった。


 ゴウキに聞いたところによると、つのを交わすという鬼種の親愛の表現のひとつだと言う。角持つ同士だと軽く当てたり擦り合わせたりするらしい。本能的な行動であるらしい。


 心が少々擽ったい。


 リラとザイもよく額をつき合わせているのを思い出した。アレもそうかと尋ねたら、全くの別物だと返された。


 アレは角突つのつきと言って、どちらが上位に立つか互いに強さを誇示し合う行為だと説明してくれた。あと、敵と見做した相手にする行為でもあるのだとか。これもまた、やはり本能的なものであるらしい。


 ゴウキの言っている事と、二人がよくやる行為の意味が上手く繋がらず首を傾げる。

 リラは人間の娘でザイは鬼人だ。力の差は歴然である。


「女には時として譲れない戦いがあるのですわ! この身命を賭して巫女様をお守り致します!!」


 闘志を燃やすリラの後ろで残り二人の侍女が熱い声援を送っている。

 大変頼もしい言葉ではあるが、ザイは敵ではない。


 そんな侍女たちの様子を一緒に眺めながらゴウキはいつもの笑顔で呟いた。


「まあ、様々な人種が集まれば、色々ありますわな」


 ゴウキは他愛ない世間話をしたあと、茶を飲み干し帰って行った。


 私の周りは感情豊かな者ばかりで、その坩堝の中に立たされているような錯覚を覚える事がある。皆が私に向ける感情はどれも心地よく響くものばかりで、戸惑う事が多くある。


 今までヒトに深く関わる事がなかった為に、どのように対応すれば良いのか困る事が多々ある。嘗ての私はそれらの全てを泰然と受け止めていた筈なのに、今の私はそれらを一つ一つ受け取るだけで精一杯だ。


 急に己が小さくなってしまったような気がして不安が募る。


『フェイ』


 唐突にザイの声が蘇る。私の手を握っていた小さな手はいつの間にか私の手を包み込むほど大きくなってしまった。


 その大きな腕の中での鼓動と温もりに安堵を覚えるようになったのはいつの頃か。

 その声が耳に心地よく響くようになったのはいつからだっただろうか。


 ザイが私にくれるものは全て心地よい。


 心がおかしな動きをする事もあるが、それも嫌ではないのだ。


 ザイは私の苦し紛れの言葉を拾い、5年と期限を切った。時は刻々と迫ってきている。

 神の導きだ。否やはないが、それでも踏み込むには躊躇いがある。


 ザイはヒトの子だ。

 あっという間に死んでしまうだろう。


 視線を宙へと向ける。


 心を傾けてしまってザイが死んでしまったら、今度は私にどのような変容が訪れるのだろうか。


 ふと、騒がしさに意識を戻せばやはりリラがザイと言い合っていた。

「あ”あ”ん?」という普段にないドスの利いたリラの声に先ほど聞いたばかりの角突きという言葉が蘇る。


 本当にザイは敵ではないのだ。皇国の鬼将ではないのだが。


 そんな事をリラに心で訴えながら言葉にもできず、改めて二人の様子を見てみる。互いに親愛というにはほど遠い形相をしている。


 違った時間軸では確かに恋人同士だった筈の二人はどうも相容れないらしい。


 どこでどうなったらこうなるのか。


 死んだリラの事を愛し気に哀し気に語っていた鬼将ゼノンがどうやってリラの恋人の座に収まったのかがわからない。ゼノンもやはりリラにこうやって凄まれたのだろうか。


 二人の様子を眺めならかなりどうでもいい事を考えているとザイと目があった。

 鋭い瞳が緩む。


「ゼノン」


 呼べばリラが阻むそれをすり抜けて足早にザイが私の目前に迫る。


 ザイ、と呼んでやりたいのは山々だが、今日は人が多すぎる。

 あまり諱を呼べないせいか、諱を呼ぶとザイはとても嬉しそうな顔をする。


 本当に大きくなった。可愛いと言える年齢ではない。

 それでも私にとってザイはかわいい。



 本当に手を伸ばしてしまってもいいのだろうか?



 そんな疑問が胸の内に湧きあがる。


『フェイ』


 ザイの唇が動き、心が跳ねる。


 忙しなく跳ね続ける心を奥へと押し隠し、ゆるりと口元を緩める。


 顔に手を伸ばし、角の付け根を指で撫でれば瞳の色が深さを増す。


「ザイ」


 小さく囁くように呼べばザイが掠れた声で呟いた。


「あと少し――」

「え?」


 ザイの唇が耳に寄せられる。


「期限は一日たりとも違える気はない」


 耳に当たった唇の感触と小さなリップ音に肌が粟立った。


 ザイの大きな身体が唐突に後ろへと遠ざかった。


「何してやがりますのでしょうか? ゼノン様?」


 黒いオーラを背に負い、頬を引きつらせたリラがゼノンの胸倉を掴み睨み上げる。

 ゼノンがにやりと笑った。


「羨ましいか」

「羨ましいに決まってますわよこの野郎!!死ね!!今すぐ死ね!!」


 つま先立ちになりながらもガクガクと揺さぶるリラの膂力はもはや侍女のそれではない気がする。


 その様子を笑って見守る私の心は大変な事になっていた。


 心が擽ったいどころではない。布団を頭から被って寝台の上を気が済むまで転げまわりたい。今すぐこの場から逃げ出したい。一人で部屋の隅っこに蹲ってしまいたい。

 何故そんな衝動に駆られるのかがわからないが、とにかくしたいのだ。ザイの目の届かない所で。


 今ここで取り乱してしまったら、ザイだけではなくリラ達にさえ醜態を晒す事になる。

 巫女であり、御使いたる私にとってそれは許されざる事だ。


 私はひたすら耐えた。人払いされた午睡の時間をこれほど待ち遠しいと思ったのは初めてだ。

 

 リラの怨嗟に満ちた声が部屋の外にまで響き渡った。





























 


 

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