第42話 同担拒否1
ザイは非常に苛立っている。
理由はいくつかある。
一つは戦の功労者として勝手に祭り上げられていた事だ。
確かにザイはやや具体的とも言えなくもない案を出した。手だても考え準備も手伝った。
ブルネの奇襲にも対応した。大した事はしていないとあくまで言い張った。
ザイの訴えにゴウキは『わかっとる、わかっとる」と言いながらも恩賞を与えられる会場へとザイを無理やり引きずっていった。
お陰で浴びたくもない注目を浴びた。
こういった場での上の立場の人間は何かと目ざとい。多くの領土を抱える大国であれば猶更である。人材は優秀であればあるほど良い。人を使う者の中には外見でなく実力を重視する者もいる。そういった輩に目をつけられるのが厄介なのだ。
ゴウキはゴウキで今回の戦の一件でザイに何かと立場を与えようとしてくる。
フェイの為なら国の駒になる覚悟はしていたが、それも一時の事だ。一生駒になるつもりはない。
恩賞の受け取りに関しても、適当に済ませようとしたザイに対して
「巫女様のお立場に泥を塗るような真似はするな」
と嫌なところに釘を刺してくる。フェイを引き合いに出されてしまえばザイも何も言えない。
非常にやりづらく腹立たしい。
気を落ち着ける為にフェイの部屋へ向かえば澄ました顔の女が澄ました笑顔でザイの前に立ちふさがる。リラと名乗った侍女は何かとザイを敵視して、フェイとの間に割り込んでくる。
この女もまた苛立ちの原因だ。
「巫女様はお休み中でございます。お引き取りを」
「顔を見に来ただけだ」
「まあ、礼儀知らずもほどほどになさいませ。安らかにお眠りになる巫女様のご尊顔を拝そうなどと身の程知らずもいいところではありませんこと」
「あ”?」
「あらガラのお悪い」
「そもそも一緒に旅をしていたんだ、寝顔などいくらでも見ているし、そんな事で巫女は怒ったりしない」
ここでは互いの名が呼べない。
フェイはザイをゼノンと呼ぶし、ザイもまた、フェイを巫女と呼ばざるをえない。
彼女をフェイと呼ぶのはこのヴェストではザイだけだ。
客観的に見て進捗状況がゼロに近い現状でフェイと親し気に接する事は禁じられている。
人目に付かず、巫女様の許す範囲でなら、とゴウキからは許可が下りているので彼女の部屋の中でなら、多少の事は許される。
ただし、ザイの目の前から一切動こうとしないこの侍女と称する番犬を何とかしなければならない。
「まあ、そんな羨ま……腹立た……クソ野……失礼」
「お前、今どさくさに紛れて何口走ろうとした?」
「いいえ、べっつにぃ~。
「喧嘩なら買うぞ、馬鹿女」
「あ”?」
「お前も随分ガラが悪い。本当に女か?」
ひくり、とリラの表情が引きつりザイが鼻で笑った。
「女ですけどぉ~? 巫女様の身の回りのお世話も入浴のお手伝いも
ぴくり、と今度はザイの目元が引きつり、リラが勝ち誇った笑みを浮かべる。
バチバチと両者の間に火花が散る。
「……ゼノン」
鈴のなるような声にリラとザイははっと我に返った。
「リラ、すまないが、ゼノンを通してやってくれ」
「しかし巫女様……!」
「良い」
「…………かしこまりました」
そういってリラは悔しそうに歯ぎしりしながら身を引いた。
ザイが部屋へ一歩踏み出す。
チッ
侍女らしからぬあからさまな舌打ちに再び両者に火花が散る。
「覚えてろよ」
「そちらこそ」
すれ違いざまに短く言葉を交わし、ザイはフェイのいる寝台の側の椅子に腰を下ろし、リラは奥で茶の準備を始める。
「身体の調子はどうだ、フェイ」
「うん。もう大丈夫だと言っているのだが、未だにこのありさまだ。たまにきょうだいも様子身に来てくれるが、きょうだいが中々許可を出してくれない。ザイはどうだ? 随分と活躍したのだとゴウキや双子が語って聞かせてくれたが」
「大した事はしてない」
「そうか」
ゆるりと笑うが、その表情は少々物憂げだ。銀の御使いの言う療養期間はとっくに過ぎている。
銀の御使いがフェイを休ませる為の方便であれば問題ないが、そうでないならと思うと、いてもたってもいられなくなる。彼はフェイの前には現れるようだが、彼女が不調を来たした一件以降はザイはその姿を見ていない。
器の擦れる音と共に茶器が運ばれる。
「巫女様、失礼いたします」
ずい、と二人の間に割り込んだリラが簡易のサイドテーブルをフェイの膝の上に準備し、紅茶を置く。
「ゼノン様も――」
「俺はいい」
ザイはリラの出した紅茶をきっぱり断った。
リラの瞳が歪む。その奥に何か不穏なものを感じ、睨み返す。
「リラの淹れてくれた茶は美味いぞ」
「巫女様……」
「すぐに出て行く。アンタの顔を見て気が済んだ」
そう言ってフェイの顔へと伸ばしたザイの手首がリラによってがっちり掴まれた。
ザイがギロリとリラを睨んだ。それは決して女性に向けて良い目ではない。
「お前……」
「お顔を拝見して気がお済みになったなら触れる必要はないのではございませんこと?」
「あ”あ”っ?」
「おやりになりますかぁ、ゴラァッ」
額を突き合わせて両者がギリギリと睨み合う。
「ザ、ぜ、ゼノン、リラ、喧嘩は……」
「してない」
「しておりませんわ」
先程の睨み合いが嘘のように二人はすんなりとフェイへと向き直った。
そして目が合った瞬間二人同時に小さく舌打ちし、互いに顔を背ける。
熱した油に水をぶち込んだような二人の
ザイは小さく嘆息し、立ち上がる。フェイの額に己のそれをこつりとあてる。
「また来る。
黒い瞳がわずかに揺れた。その反応にザイは満足げに笑う。僅かな変化であるが、それでもザイにとって嬉しいものだ。瞬間、リラの殺気の籠った視線がザイに突き刺さるが、ザイはそれを受け流し、鼻で笑って去って行った。
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