4章

第41話 色々と辻褄が合わない

 年々、帝国と皇国の間に不穏な影が落ちる中、ヴェストと五花国イーズは静観を決めた態度を崩そうとはしなかった。


 両国間の不和によるヴェストと五花国イーズへの被害もそれなりにある。

 東と西の大国が動かずとも、その周辺諸国の全てがそれに倣うわけではない。


 帝国とはヴェストと反対側に位置するブルネという国が密かに帝国と繋がりヴェストへと攻め込もうとしたのだ。


 西の大国ヴェスト。戦を仕掛ける事もなく、それでも長年残り続けたヴェストの堅牢さは馬鹿にできるものではない。


 それでもそブルネには勝算があった。


 ブルネがヴェストの背後へ奇襲をかけて動揺を誘い、そちらに戦力が集中する隙を突いて帝国が護りの薄くなった箇所から攻めあげ挟み撃ちにする算段だった。

 本来であればヴェストの抱える黒の森も利用する手筈ではあったが、あの森には常に厳重な警戒が為されており、手を出せばこちらの計画がバレる危険性もあり、計画から外す事になった。


 奇襲は上手くいったかに思えたが、逆に誘い込まれ、幾人かは捕虜として捕らえ、亜人の兵たちにあっさりと返り打ちにあい、追い返される形となった。

 帝国もまた、手痛い打撃を受け、撤退せざるを得なかった。


 常に護りに徹し、他国へと攻める事のない国だ。あとは交渉の席での話になる。

 誰もがそう思う中、ヴェストは初めて軍隊を他国へと動かした。

 逃げる帝国兵を追い、そのまま攻め上げたのだ。驚いたのは帝国だ。攻められても攻め返した事のないヴェストが兵を動かしたのだ。攻められる事など予想もしなかった帝国の護りは通常のものでしかなかった。


 帝国は完全に虚を突かれた形で領土のいくつかを奪われる結果となり、更に交渉の席でも多額の賠償金と鉱山をひとつ奪われた。


 ブルネもまた、ただでは済まなかった。

 捕らえた捕虜はそのほとんどが有力者やその血族であり、ヴェストを攻め落とした際の功労がどれほどのものかという事もその顔ぶれだけで伺える。よくぞこれだけ寄り分け捕らえたものだと、逆に感心する者さえいたと言う。彼らが国に帰らねば、国政をまともに立ち行かせる事も難しい。ブルネは主要運河の利権の一部の譲渡と多額の身代金を支払う事となった。


 その戦の功労者として挙げられた者らの中に二人の鬼人の名が挙がった。


 一人はゴウキ、もう一人はゼノンと呼ばれる仲間内から半端者と蔑まれていた左右不揃いの角を持つ鬼人の男だ。


 恩賞を賜る場では完璧な所作を見せ、彼を知らぬ周囲の者らの目を瞠らせた。

 彼は終始不本意そうな顔をしており、ゴウキが話しかければ忌々し気に彼を睨んだとか。



 §



 そんな噂話・・を語って聞かせてくれるのは双子の王子と王女だ。

 明るい茶色の髪と落ち着いた紺の瞳の王子と黒檀のような髪と緑の瞳をきらめかせる王女。


 そう、亡国ヴェストの王子と王女である。


 当たり前だがヴェストは滅んでいない。


 ゲーム知識によればこの双子が命からがら近衛騎士団長と王妃付きの侍女の手によってヴェストから逃げ延びたのは5歳かそこら。


 今目の前で面白可笑しく話して聞かせてくれている双子はもうすぐ9歳を迎えるという。


 シナリオを基準とするなら、色々と辻褄が合わない。


 ブルネがヴェストを攻めたのはもっと前の話だし、帝国は裏で糸を引いているだけで表には出てこなかった。まあ、それを更に深堀りすれば皇国の掌でどちらも踊らされた結果であり、それを知ったゼノンが皇国から離反するわけだが、今回の事に皇国が関与しているのかも疑わしい。


 あちらもあちらで色々大変なようなのだ。実験施設のいくつかと研究資料を五花国イーズの斥候によって燃やされたらしい。


 斥候ほんにんにとても嬉しそうに報告された。その顔も見た事あるなぁ、とは思ったが、何も言わず、とりあえず無難に礼を言っておいた。


 本来ならそんな不祥事が起こる事もなかっただろう。皇国で八面六臂の活躍を見せ、周辺諸国に名を轟かせる鬼将ゼノンであればそれさえも防ぎ切ったと思う。


 実際、私の実験の管理を任される立場でもあったようだし。


 だが、そのゼノンもまた、皇国に身をやつす事なくヴェストでその辣腕を振るっている。

 どこに居ようとある意味でのあの男の理不尽さは健在であるのだなとしみじみと思った。


 そしてもう一つ。


「さあ、殿下方、巫女様はそろそろお休みの時間でございます。ご退室なさいませ」


 遠慮のない物言いで王子王女を部屋の外へと追い出す若い娘。

 このヴェストに滞在するようになってから、私の身の回りの世話をしてくれる働き者の侍女の一人だ。

 光の加減でオレンジ色に見える明るい波打つ髪に溌剌とした翡翠色の瞳の愛らしい彼女はリラと言う。


 騒ぐ王子と王女を部屋から追い出し扉を締め切るとこちらに気づかわし気な目を向ける。


「さあ、巫女様」

「しかし、今日はザ…ゼノンが来ると」

「巫女様のお身体の回復が優先でございます。あの犬は好きなだけ待たせておけば良いのです」

「いぬ……」

「失礼いたしました。巫女様、あの堪え性のないい……鬼には待てを覚えさせることが肝要にございます」


 また犬と言おうとした。


「リラ、ゼノンは十分待ってくれている」

「巫女様は本当にお優しゅうございますのね。しかし、甘やかしてばかりではなりません!」


 何かの使命に燃えたようなリラが突然ぐっと拳を握る。


「飼い主との適切な距離を覚えさせる事も大事な事なのです」

「かいぬし……」


 リラの中ではザイは犬であるらしい。

 リラの言動が、私が彼女に抱いていたイメージとどうも噛み合わない。

 わたしは常々疑問に思った事を口にしてみた。


「リラはゼノンが好きなのではないのか?」


 それを聞いたリラは目をぱちくりと瞬かせたあと、にっこりと笑った。


「うふふ、巫女様ったらご冗談がお上手」


 リラの笑顔が怖い。


「一体あの駄け…鬼人の殿方とわたくしのやり取りをご覧になって、どのような勘違いをなさったのかは分かりかねますが、わたくしの想う方は別におりますのよ。間違ってもあの無神経な粗忽も……、失礼いたしました。とにかく、わたくしの想う方との障害になり得る勘違いはおやめくださいませ」


 私はただ頷く事しかできなかった。


 寝台に横たわり、リラが一礼して続きの部屋へと入っていく背中を見つめる。



 リラはゼノンの死んだ恋人だった。



 今のリラにザイを想う心はないらしい。

 なぜかほんの少しだけほっとした。


 ザイにもちらりと問うてみた事がある。

『今すぐこの場で本気で押し倒されたくなければ二度と口にするな』と地を這うような声で本気でキれられた。

 言いようのない身の危険を感じ、ほっとするどころではなかった。



 国を救おうとか、運命を変えようなどと大それた想いで動いた訳ではない。

 ただ、シナリオ通りに事が進むならほんの少し進みやすくしておこう。その程度のものだった筈なのだが、色々大きく変わってしまったらしい。


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