第40話 決壊した

 一夜明けて目が覚めたらずいぶんとスッキリしていた。


 きょうだいたちには迷惑をかけてしまった。


 黄金のきょうだいには不調を感じたらすぐ知らせなさいと言われたが、色々なものが混ざり過ぎてどれが不調かも分からなかったのだ。


 今冷静に考えれば確かにアレを深く考えもせず、安易に取り込んだのは私の落ち度だと思う。

 次は気をつけると言ったら「次から・・・だ。間違えてはいけない」と更に説教は続いた。


 本当にあのきょうだいは話が長い。


 目が覚め、うんっ、と身体を伸ばすと反った胸にザイの視線が落ちた。

 そう言えば、ここからあの欠片が取り出す様をザイが心配そうに見ていた事を思いだす。


 もう大丈夫だと言えば、「……そうか」と平坦な声で返された。


 どこか、ぼんやりした表情で額をこつり、と合わされ、「キスしていいか?」と聞かれたので「駄目だ」と真顔で答えておいた。

 ザイにしては珍しく寝ぼけているらしい。そういう寝ぼけ方は心が変な跳ね方をするのでやめて欲しい。


 身体は大分楽にはなったが、あの呪の影響か、身体が少々重たい。


 身の内に残った呪いが魔晶石にどのような反応をするかも分からない。ここは大人しくきょうだいの言葉に従った方が良いだろうと判断し、ヴェストへ一度戻る事にした。




 §



 ようやく朝を迎えた。

 ザイはほっと安堵の息をついた。


 フェイもまた幾分かスッキリした表情で目を覚まし、その場で大きく伸びをした。

 身体を反れば自然と胸が付き出される形になり、ザイの目は思わずそれに釘付けになる。


 今まで共に旅をしていたが、ここまで余裕がなかっただろうか、と己の過去を振り返る。


 昨日まではまだ余裕はあった。昨日で色々決壊した。


 ザイの視線に気づき、その視線の意味に全く気付かないフェイは穏やかな笑顔で「もう大丈夫だ」と微妙に見当違いの事を言いだした。


 今日は色々駄目だと思いつつ、「キスしていいか」とうっかり本音が出てしまったが、あっさり真顔で拒否された。やはり期限まで待つしかないらしい。


 ヴェストへの帰路についたが、フェイはいつも通りだった。

 ただやはりどこかぎこちなさと若干の疲労の色が見え隠れする。


 銀の御使いは1.2年休ませろと言っていた、あとはヒトでも十分対処できると。

 ならば、1年、2年と言わず、もうフェイは休ませて、あとは国に働かせればいい。

 そもそもがヒトが蒔いた種なのだ。


 現状、表向きは皇国と帝国の睨み合いが続き、水面下ではその両国が手を組み、ヴェストと五花国イーズの領土とフェイを狙っている。五花国イーズもまた、ヴェストと同じくフェイを『狭間の巫女』と呼び、崇める国だ。彼女をヒトの思惑に利用しようなどという不敬な思想を持つ国など、許せるものではないだろう。


 移動手段や文明が発達する前は、数年に一度のそれも十年に一度、二十年に一度の事もあったらしい。それでも彼女にとっては忙しいものであったに違いない。


 ザイはフェイの全てを理解しているわけではないし、できる筈もないと思っている。

 それでも彼女の持つヒトとはちがった時間の流れの感覚は何となく掴んでいる。


 そう考えればここ数年、ヒトはフェイに甘え過ぎた。


 黒の森の魔物が凶暴化しようと、白霧の峡谷が黒く染まろうと、それはヒトの責任であってフェイの責任ではない。それが原因で滅びるならフェイに甘え切ったヒトの怠慢である。

 そんな国なら滅びてしまえと思う。


 だが、ヴェストが滅びるのは少々困る。

 あそこにはそれなりに世話になった。数える程度だがゴウキを始めとした知己もいる。国王は顔を合わせる度悔しそうに睨んできたり、よくわからない言いがかりをつけては来るが、国政や諸々に関しては有能である。


 フェイと共にいくつかの国にも立ち寄ったが、フェイの扱いに関してはヴェストが一番まともだというのがなにより大きい。もっともフェイと一番付き合いの長い国なのだから当然の事なのだろうが。


 彼女との旅の道中、情報はそれなりに集めていた。帝国は皇国に踊らされている節が見られる。

 対外的にみて国力は帝国が上のように見えるが、皇国の隠し持つ技術力がどれ程のものかもわからない。帝国の皇帝はまだ若く、皇国の皇帝は老獪だ。そういった事も含めて現在の関係も成り立っているのだろう。


(帝国の領土を削り、皇国の魔導科学とやらの拠点を潰せばどうにかなるか)


 簡単な事ではないが、五花国イーズを煽り協力を取り付ければできない事もないだろう。

 五花国イーズの斥候の優秀さは正反対に位置するヴェストの耳にも入る程だ。


 その間、フェイをゆっくりと休ませる。ザイとの事もきちんと答えを出して貰わなければならない。答えが出ずとも期間が終われば問答無用で押し倒す所存ではあるが、できればフェイには最低限の心の整理はつけておいてほしい。


 その為ならザイ自身、国の駒になる事もやぶさかではない。


「ザイ」


 フェイの鈴の鳴るような声がザイを呼ぶ。

 それだけで心が揺さぶられる。


 昨日のあの可愛らしい様を目の当たりにしてしまって以降、ザイの中での心と身体の制御が上手くいかない。


 今日のフェイのぎこちなさは昨日までのものとは違う。

 明らかなザイの様子のおかしさにどう接すればいいかを戸惑っているのだ。


 彼女との距離がこれ以上遠のいてはならない。


 かと言って、近すぎればザイ自身、何をしだすかわからない。


 彼女の隣に立ちながら、ザイの葛藤は続く。

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