第27話 さんねんぶり

「三年でございます。ように耐えたと思いますぞ」

「まだその程度であろ?」

「名を交わし、契りを交わす事なく早々に置き去りにされた男の執着を舐めてはなりません。それに宥めるのもそろそろ限界でもありましたからな」

「男と言ってもまだ子供であったろうに」

「15は立派な男にございます」


 そんなやり取りをゴウキと交わしながら客間の一室へと向かう。


 国王への用事は早々に済んだ。


 私が旅に出ている間に妃を迎えていたらしい。すでに子も胎の中で順調に育っているという。

 国王の何とも言えない穏やかな顔とやり切った感を出している宰相が印象的だった。

 寿ぎの言葉を国王に伝えると、何故か満足げな宰相が礼を述べた。

 まあ、いいんだが。


 あとは回収した結晶を前回同様宰相に渡し、前回渡しておいた結晶の詳細は後日に場を設ける事になった。


 残った問題はザイについてだ。


 ゴウキの言う『名を交わす』というものに私はどうも未だにピンとこない。

 当事者なのは頭で分かってはいるが、私自身がどこか他人事なのだ。


 様々なヒトと長く関わってきたが、深く関わった事は一度もない。

 ヒトの子に女として求められた事はあったが応える気は全く起きなかった。


 男と女は番い、子を成し、増えて行く。

 この世界は男だけでは立ち行かず、女だけでも同様だ。

 男と女、ふたつ揃って初めて新たな命を生み出す事ができる。


 我が神はその身を男と女のふたつに分け、半身と交わった事でこの世界を創り、支える神々を生み落とした。神々もまた、男と女として交わる事で新たな神を生み落とし、ヒトと交わる事で種に変容をもたらした。


 この世界は男と女が交わる事で変化を繰り返し続けている。


 けれど、我ら御使いは神が男と女に分かれた・・・・事で生まれた存在故に他者と交わる事なく不変の存在として在り続けた。


 その在り様はこれからもずっと変わる事はないだろう。


 私やきょうだいたちは交わる為の情を持たない。


 相手を大切に思う心はあるのだ。私にとってもきょうだいは大切だ。

 けれど、相手の身を、心を求め、交わりたいと思える程の強い想いはないのだ。


「なあ、ゴウキよ、ザイの事だが――……」

「その件についてはアレとお話くださいませ。もはや儂が手も口も出せぬところまでやらかしてしまっております」

「…………わかった」


 少々気が重い。

 三年ぶりに見たザイは随分大きくなった。

 元々整っていた容貌からは幼さが抜け、鋭い印象が先に立つ。

 それでも私を見たザイの目は三年前のそれと変わらない事に安心した。

 やはり嫌われると悲しい。


 身も心も育ったであろう、私が初めて可愛いと思ったあの子の顔が曇るところは見たくはないと思ってしまう。


 それに……


 ふと、先ほどの大きなザイの姿を思い返す。


 嘗ての可愛さが抜けてしまったのはとても惜しい。


 あの庇護欲をそそる小さな身体で馴れない体で精一杯甘えてきたいじましさ。

 私の膝を枕にし、意識がないからこそ素直に甘える愛らしさ。

 角に触れて欲しいと強請る朱に染まった伏目がちな照れた表情……!


 僅か三日の出来事であったが、あの胸の高鳴りは昨日の事のように思いだされる。

 いや、ほんの三年前の事なのだけれども。


 大きく育ってくれて嬉しい反面、あの小さなザイを愛でる時間を放棄してまで旅に出た時間を口惜しく思う私がいる。シナリオなんてなければ良かったのに。


 因みに千年前の記録媒体は手に入らなかった。ちょっと覗いただけなのに、見つかったきょうだいに丸一日説教された。

 ならば八百年前の魔導文明の遺物オーパーツはどうだろうかと食い下がってみたが、別のきょうだいが降りて来て、我儘はほどほどにしなさいと窘められた。


 普段はもっと我儘を言っていいのだと言う癖に納得がいかない。


 そして私には、もう一つ懸念事項がある。



 あの大きなザイに私が愛でる余地はあるのだろうか。



 真剣に悩む。



 §



 私とゴウキが部屋に入り、程なくしてザイが部屋に通された。


 部屋の入口で立ったまま動かず、私をじっと見るその様子に少々不安になった。


「ザイ?」


 ぴくり、とその指先が動いた。

 向かいに座っていたゴウキがよっこらしょ、という掛け声と共に立ち上がる。


「巫女様、儂は少々別の用を思い出しましたんで、ちいとばかり席を外します。積もる話もありましょう、用が済んだら戻って来ますので、それまでの間、この小僧の事を労ってやってくださいませ。ここまで育つのに並大抵の努力ではありませんでしたでな」


 ザイの肩を軽く叩き、ゴウキは出て行ってしまった。


 ゴウキが部屋を出て、扉が閉まってもザイは一向に動こうとしなかった。

 私もソファから立ち上がり、ザイの前に立ち、その顔を覗き込む。


 ついこの間は見下ろす側であった私が見下ろされているのはとても不思議な気分だった。

 ザイの目は私から離れない。


 ほとんど反応を返さないザイに私はどう声をかけていいかわからず、その顔にそっと手を伸ばしてみた。頬に触れてみる。拒まれはしなかった事に内心安堵する。


「フェイ」

「うん?」


 ザイの呼びかけに答えれば、何か口の中でもごもごと呟いていいる。


「…………か?」

「よく、聞こえないのだが?」

「その…………き、……」

「ザイ?」


 随分とはっきり物を言わなくなったなと不思議に思い、彼の深紅に染まった瞳を見つめれば、そこからふい、と視線を逸らされた。


「だき、……、しめて、良いだろうか……?」

「…………」


 伏し目がちにこちらから顔を逸らし、たどたどしく言葉を紡ぐザイの目元はほんのり朱に染まっている。


 私は穏やかな笑顔の下で内心大きく息を吸い込む。


 ……イケる!!


 ザイからは見えない左手でぐっと握りこぶしを作った。

 こちらを伺うようにそっとザイが目を向けてくる。

 それだけで形容しがたい情動が湧き上がってくる。


 乙女か!!!


 叫び、荒ぶる心の裡を表に出さぬよう、細心の注意を払いながらゆっくりと相手を受け入れるように両手を広げる。

 こちらから動こうとすると力加減を間違えて、勢いのまま抱き着きそうで怖かった。


 冷静に考えれば出会ってたかが数日の女にいきなり力いっぱい抱き着かれては恐ろしかろうと思う。


 ザイが恐る恐る私に向けて手を伸ばす。

 太い腕と大きな手が背に回され、私をゆっくりと抱きしめる。


 背に回された一つの手が降り腰に回されぐっと抱き寄せられる。


 抱きしめる、というより抱き込まれ、肩口に顔を埋められ、ザイの柔らかい髪がくすぐったい。


「遅い」


 ボソリと低い呟きが耳に届いた。

 癖のある柔らかい髪に手を伸ばす。

 その髪をすくように頭を撫でて頬を寄せる。


「すまなかったな」


 私が謝ると私を抱き込む腕に力がこもった。



































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