第7話「赤坂さん」
「それで、せり姫様。俺は具体的に何をすればいいんですか?」
せり姫様への協力を約束した俺は、早速そう尋ねた。そもそもせり姫様への信仰を再興させるって言っても、何をすれば良いのか分からない。
ビラ配りでもすりゃいいのか。
変な目で見られるのがオチな気もするけど。
「其方が社会的に冷めた目で見られるような無理はさせん。ワシの神格を高める条件は二つ。ワシを信仰する者達による〝
〝神輿〟と〝神楽〟か…。毎年神社祭りには来ていたけれど、どっちも見たことは無い。例年やっているなんて知らなかった。
「まあ所詮、今の氏子らの認識はその程度よ。何、そう重大な事をさせるつもりは無い。ちょっと働きかけてもらうだけじゃ。あとは流れに任せれば良い。それらが波のように広まって、大きな力になる」
そう言うと、せり姫様はにっと笑って遥か向こうを指差した。
「穂里小学校に向かうのじゃ。そこにおる男に、手伝わせてくれと声を掛けろ。それだけで良い」
…んな昔話の神託でもあるまいし。
「男って言っても、誰ですか?歳とか背格好は?っていうか、何を手伝うんですか?」
フワッとし過ぎている指示に俺は問い詰めたが、せり姫様は「案ずるな、行けば分かる」とだけ言い残して、俺の前からスゥっと姿を消してしまった。
穂里神社を去った俺は言われた通りに自転車で穂里小学校を目指した。小学校は海が良く見える小高い丘の上に設置されていて、自転車で上るのは少しキツい。時間は夕方5時になろうかという頃で、下校中の児童とはほとんどすれ違わなかった。
穂里小は俺が通っていた小学校で、昔から授業やクラブ活動が無い時にはグラウンドや体育館を町民に開放している、オープンな小学校だった。
おでこに汗をかきながらやっとの思いで坂を登りきり、俺は小学校の駐輪場に自転車を停めた。周囲を見渡しても、声を掛けろと言われた男らしき人影は見当たらない。そもそも校庭に居るのか、校舎内に居るのかも聞いていなかった。
参ったな…。どう見分けるのか心配だったけれど、そもそも誰も居ないぞ。
軽く校庭や中庭を見て回ったが、誰も居ない。見上げると職員室の電気は点いている様だが、何となくあそこではない様な気がした。
一通り思案したが結局正解は分からず、そういえば、この時間なら海に沈んでいく夕日が綺麗に見えるかもしれないと、俺は校舎の裏のグラウンド方面に向かって歩いた。
「おっしゃいくぞー!!そーれ!!そーれ!!よぉーしもういっちょーう!!」
校舎の裏手に回り込んだ瞬間、グラウンドから男の大声が聞こえてきた。見てみるとグラウンドの奥で、海に沈む夕日に向かって何か叫んでいる男性がいる。
「よぉーっしまだまだー!そーれ!!そーれ!!そーれ!!そーれ!!おぉっけーい!!」
男性は一人で気合の入った声を出しているが、実際にやっている事は屈伸やアキレス腱伸ばし等、ただの準備運動の様だった。
いや。
絶対あの人じゃん。
でも絶対声掛けたくない。途轍もなく嫌な予感がする。
俺は光の速さで回れ右180度、沈みゆく夕日を背にさっさと自転車を回収して受験勉強に戻ろうと駆け足の構えをしたが、時すでに遅し。罰当たりな思惑を見抜かれたのか、眼前の上空には、黒々とした大きな雷雲がゴロゴロと轟く稲妻を抱えて広がっていた。
うわー、せり姫様めっちゃ怒ってる。
「やっぱ行かなきゃダメっすよねー…」
坂道を自転車で駆け上がった時よりも更に大量の汗をぐっちょりと掻いて、俺はゆっくりと振り返り、夕日に向かって叫びながら腰を捻っている男性のもとへ近づいていった。
「あ、あのー、すみません」
「む?どうした!少年!」
男性は背が高く筋肉質で、声が大きく、如何にもスポーツ系という風貌だった。しかし顔の皺からして、あまり若くはなさそうだ。俺の父さんよりも上に見えるから、50代くらいだろうか。
「あ、あの…、俺にもお手伝いさせてください」
何をしているのかは分かりませんがとは声に出して言わなかったが、男性はそんな事気にする様子もなく目を見開いた。
「おお!いいぞ!それでこそ穂里の元気っ子だ!!それじゃあ一緒に!そーれ!!そーれ!!」
それじゃあ一緒にと言っておきながら欠片も協調性を感じない強引さで、「声が小さいぞー!!」なんて言いながら、男性は掛け声を再開して肩をぶんぶんと回し始めた。取り敢えず俺もその動きを真似しながらそーれそーれと声をだす。変な掛け声だなと思いながらも、久々に動かすと、受験勉強で凝り固まった肩に結構効いた。
「ところであの…!おじさんは何をやってるんですか!?」
10分以上経ってもなかなか終わらない準備運動に流石にしびれを切らしてそう尋ねると、男性は「オジサンじゃなーい!!」と、急に体の動きを止めて叫び声をあげた。毎回このペースで喋ってたら絶対声帯が持たないと思うんだけれど、どうやらこの男性は特殊な訓練を受けているらしい。俺は男性の急停止についていけず、少しよろけて尻餅をついた。
「俺こそは神輿を担いで五十二年、
紛う事なく神様の思し召しなんですよコレがと思いながら、俺は終始このテンションの赤坂さんと、今頃どこかでほくそ笑んでいるだろうせり姫様にどっぷり疲れてしまって、なんかもう色々諦めて「古家春です…」と名乗ってしまった。
穂里神社のせり姫様 44 @Ghostshishi
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