公爵令嬢がコンニャク破棄!

神奈いです

公爵令嬢がコンニャク破棄!




「こんな能力使えるかーーーー!!」



 どんがらがっしゃーん!!


 私は、鍋ごと大量にコンニャク破棄した!





 ― ― ―





 私は死んだ。


 神様が言うには生前の行いが良かったので異世界に転生させてもらえるらしい。

 

 転生先はどこかと思えば公爵令嬢!! 


 勝ち組ですね!




 しかもさらに、転生のお祝いとして七歳になったらチート能力をくれるらしい。


 こう見えても転生ものラノベを何冊も読んでいた私からすれば昔から夢見ていた展開。

 スキル選択とかステータスとかないのが残念だけど有ったら有ったで迷ってしまうからこれでいいのだろう。


 ああ、死んでよかった、神様ありがとうと何度も何度も感謝したものだ。




 しかし、七歳の誕生日。


 私に目覚めた能力は……大量のコンニャク粉を召喚する程度の能力であった。


 念じれば右手から精製した白い粉、左手から荒めの黒い粉。


 そしてお祈りするとコンニャクの種が降ってくる!


 黒い粉の方はアクが強くて触ると手がカブれるぞ!




 ……役に立たねええええええ?!





 ― ― ―



 

 大量の水にコンニャク粉を溶かす。

 一生懸命混ぜ混ぜしてダマにならないようにする。

 アルカリ性の灰汁を加えてさらによく混ぜる。

 最後に成型してお湯で茹で上げて完成!!!


 

 大量の板コンニャクを前に、私はひきつった笑いを浮かべていた。


 「使えない……」


 なんで完成品じゃなくて、粉から作らないといけないのかな??

 ……ちょっと楽しかったケド。




 うん、指から食料が無限に出てくる能力ではある。


 これはこれでうまく使えれば、飢饉時の救国の聖女としてあがめられる展開もあったかもしれない。


 しかし、よく考えてほしい。

 


 コンニャクなのだ。


 

 ダイエットに使われるコンニャクだ。


 

 コンニャクマンナンは人間には消化不可能! 

 よってカロリーゼロ! 

 どれだけ食べても太らない!!

 


 太らないじゃねーよ! 

 こっちの世界は食料余ってないんだよ!!!! 

 子供とか太らせたいんだよ!!!

 栄養ゼロの食料とか何の意味があるんだよ!!!!!



 しかもコンニャクには味が無い。甘味も辛味もないので嗜好品としても微妙だ。

 味付けするにもこの世界は調味料が高い。食感を楽しみたい人用……?


 役にたたねえええええ?!




「マンナ……ありがとう。助かったよ」


 唯一役に立ったのは便秘で苦しむお母様にコンニャクを大量に処方して無理やりお通じを良くした時である。


 とてもすっきりとしたお腹をさすりつつ、お母様は私の頭を撫でてくれた。お父様公爵も娘の謎の能力に驚きつつも褒めてくれる。


 「しかし、なぜこの子は手から粉がでるんだろうね?」

 「神のご加護があったそうですわ、あなた」

 「神のご加護ならばしょうがないな」


 中世だから神のご加護でたいていのことは説明がつくらしい。

 うん、神のご加護で合ってるけど、それでいいのか……




 あ、はい。そうです。


 私、マンナっていいます! 七歳の可愛い可愛い公爵令嬢です!!

 そう、コンニャクマンナンのマンナなのです……。



 ……神のやろおおおおおお?!






 ― ― ―




 コンニャク令嬢のマンナちゃん、八歳になりました!!


 おお、私。

 その髪は白滝のように艶やかで、その肌は玉コンニャクのように艶やかでぷにぷに……。

 あまり嬉しくない表現ですね。


 はい、最近はコンニャク刺身やら、コンニャクの塩漬けやら、コンニャクラーメンなどを作りながら生活しています。



 「姫様、これ変な料理だなーー」

 「くにくにしてるーー」


 たまに、お屋敷の外で遊んで村の悪ガキたちに料理を提供したりしています。

 あ、もちろん護衛つきですよ? 


 ふふふ、我が領民たちよ、私の施しを受けなさい!


 

 「美味しい美味しい!」


 みんなお腹を空かせているのか、ペロリと大量のコンニャクを平らげてしまう。


 こうやって餌付けした子供たちを従え、コンニャク作りに動員したりしているのです。



 ……なんか食べっぷりがすごいなぁ。



 「最近お腹すいてるの??」

 

 私は悪ガキたちのリーダーであるノッポ君に問いかける。二~三歳上のはずだがよくわからない。そもそも本人も年齢をあまりマジメに数えてないみたいだ。教会の記録見ればわかるだろうけど。


 「うん、雨が降らないから、ごはんはセツヤクするんだってお父さんが」

 ノッポ君は悲しそうに空を見上げた。

 


 私も見上げると雲一つない青空。


 風はカラッと乾いており、草花も何となく萎れているような……。

 ……確かにやばいかも。




 

 案の定、その冬は日照りで生育に必要な雨がなく冬小麦の収穫が壊滅的だった。


 お父様公爵は領地の年貢を免除し、悪ガキたちは森や野山を駆け巡って食べられる野草をかき集めたけれども、それでも飢える人が出ている……



 両親は居ても立っても居られずにあちこちの知り合いを頼り始めた。


 「大司教様に会って、少しでも教会で施しができないか頼んでみるよ」

 「ええ、わたくしも実家にお願いを」


 お父様もお母様も領地持ちの貴族とも思えない、すごくいい人です。


 坊さんが「貧者のために施しなさい」と言ったら、素直に手持ちのお金を全部寄付してしまうような人たちである。領民が飢えるのを黙って見ているわけがなかった。



 「お父様、お母様。なぜそこまでされるのですか?」

 さすがに一度聞いたことがある。


 「それはねマンナ。神様が貧乏な人や、困ってる人には優しくしなさいと言ったからだよ」

 「ええ、神様がおっしゃるなら仕方がありませんね」


 中世だから神様の言うことは絶対だ。

 絶対ではあるんだけど、近くの領主たちで大真面目にその通りにしてる人なんていないのも私は知っている。

 その中で私の両親だけは素直に神様の言う通りしているのだった。


 お蔭で公爵家とは思えないぐらい暮らしは質素だが、私は尊敬できる両親だと思っている。





 ……コンニャクがもう少し役に立てば?!!!!



 私は、無力感のあまり、自室でころころと転がりまわった。


 あまりにもできることが無い。飢饉の中で栄養の無いコンニャクを配ったって意味はない。

 こんな状況にこんな能力で放り込んだ神を呪うぐらいしか私にはできなかった。


 

 金策から戻った両親が顔を突き合わせて相談をしている。


 「うーーん、お金は少し集まったけど、食料がことごとく売り切れてて全然買えないよ」

 「お隣の伯爵が食料を買い集めてるそうだけど……貸してくれないかしら?」

 「聞いてみよう」

 

 結局、元々家臣筋の隣の伯爵が麦を貸しますと申し出てくれたので、なんとか死人は出さないで済みました。

 まぁ、借りた麦の代金は来年返さないといけないけど何とかなるでしょう!




 ― ― ―



 フラグ乙。

 何とかなりませんでした!!!



 はい、貧乏公爵令嬢のマンナです。

 九歳になりました。


 今年は雨が降って一安心してたところに、作物に謎の疫病が流行って二年連続の大凶作となってしまいました。




 「これはまずいな」

 「まずいですね、あなた」


 うん、いつもあまり動じない両親もかなり焦り始めたみたいです。もちろんこんな状況では税収もありません。


 もともとお金を借りれるような関係先は昨年のうちに借りつくしています。

 なんとかあちこちに頼んで返済は待って貰いましたが、追加で貸してもらえるような状況ではありませんでした。





 領民たちも悪ガキたちも食べ物を求めて草の根を掘り返したり、土をスープにしたりし始めています。


 そ、そんなもの食べるぐらいだったらコンニャク食べようよ!?


 せめて分類上は食べ物をと思って、栄養が無いのを承知で私はコンニャクを配りました。




 「姫様……ありがとう、美味しいよ!!」

 

 ノッポ君が焼きコンニャクに大喜びでかぶりついてあっという間に二枚三枚食べてしまいます。

 

 栄養が無いからお腹が膨れるだけだよ、と説明したのに、領民たちも悪ガキたちも喜んでがつがつ食べてくれます。

 とりあえずこれで気を紛らわせて、何か食べ物を探しに……



 行けませんでした。




 栄養失調気味のところに大量のコンニャクを食べた人たちの多くが下痢をしてしまったのです。 



 特に大喜びでコンニャクを食べまくったノッポ君は酷い下痢でガリガリに痩せて今にも死にそうで。

 飛んでお見舞いに行った私をノッポ君はボロいご自宅の床に転がりながら私を見て。

 

 でも一言も私を責めずに。


 「……姫様、美味しかったよ……コンニャクは悪くないよ」


 とだけ言って、ニコリと微笑みました。






 私は泣いた。




 「本当に何の意味があるの……この能力……」


 私は泣いて、泣いて、立ち上がれないぐらいだった。

 神様は一体何をさせたくて私にコンニャク粉を出させる能力なんて付与したんだろう。


 

 みんながこうなったのは私の責任だ。


 コンニャクで飢饉なんて救えないのは知ってたのに……。



 私は自分の小遣いや本やドレスも全部出して、どうか食料に変えてとお願いした。

 でもやはり、食料は凶作で買い占められていて、全然買うことができない。


 私にできることは……



 ― ― ―



 隣の領地から、私たちが麦を借りた伯爵がやってきました。

 

 五十歳過ぎと言う話だけど、髪の毛は真っ白で全然おじいちゃんに見える。

 こんな飢饉の状況でも丸々と太って血色が良いのが印象的。




 お父様公爵が対応する。麦を返せない言い訳をしないといけない。 


 「伯爵殿、鉱山は儲かっているようだな、鉱山には凶作が無くてうらやましいよ」

 「いえいえ、私の鉱山など平民どもが文句ばかり損ばかりでして……貸した小麦の代金の件ですが」


 おじいちゃん伯爵の脂ぎった目が光る。

 お父様公爵はとても申し訳なさそうな顔で、元々家臣筋の伯爵に頭を下げた。


 「伯爵殿……見てのとおりだ。来年こそは必ず返すから、逆になんとかもう少し麦を貸してくれないか」

 「昨年分も返していただけないのに追加で貸すのは……」


 全くその通りだ。私が伯爵でも貸さないだろう。


 おじいちゃん伯爵は私を見た。



 嘗め回すような視線で私のつま先から頭の先までをじっくりと見る。

 嫌な予感がする。


 「……とても美しいお嬢様ですな」

 「ああ、マンナは私の自慢の……まさか?」


 そこまで言って、お父様公爵も何かに気付いたようで顔が驚きの色に染まる。


 「では、必ず小麦の代金を返していただける約束の代わりに、私とマンナ殿との婚約をお許し願いたい。私も妻を亡くしましてな、寂しくてたまらんのです。もしお許しいただければ我らは身内、いつ返せ返さないなどと無粋なことをいう必要もなし」

 「いや、伯爵殿は私よりも年上……!?」

 

 お父様公爵は衝撃の余り言葉をつづけられないみたい。そりゃあ一人娘だし、自分より年寄りの義理の息子は嫌だろう。嫌だろうけど。


 「いや、無理にとは申しませんが?」

 

 おじいちゃん伯爵はにやりと笑う。




 このおじいちゃんは食べ物を持っている。



 食べ物。

 今食べ物があれば、ノッポ君や、領民の皆も助かるかもしれない。



 結局、私は悲しむ両親を説得して婚約することになった。


 すぐに隣の伯爵領から大量の麦が届き、大勢の領民が命を救われることになった。

 ……二年分の麦の代金として金貨一万枚の借用証書つきで。





 ― ― ―





 「婚儀を来年ですか? 早すぎるだろう!」

 お父様公爵がびっくりして叫ぶ。

 

 婚約した途端、隣の伯爵から早く結婚しろと迫ってくるようになったのだ。


 えっ。私何歳?

 


 恐る恐るお父様に伺う。

 「え、えっと……普通のお嫁入りって十六歳とかじゃ……?」

 「そうだ、まさか十歳で婚儀を要求してくるとは?!」

 「あなた、気になって調べさせたら伯爵さんって……」

 

 両親が慌てて調べた結果、伯爵の噂は酷いものだった。

 曰く、飢饉で困った領民から大勢の幼女を買い取って愛人にしている。

 曰く、幼い女の子を次々に孕ませて死なせている。

 曰く、初潮もまだの女の子を無理やり……



 真正のロリコンじゃないの?!!!


 いや、現代なら十六でもやばいけどさ?!

 食料支援貰った恩もあるし、少しは嫁入りもしょうがないかなって覚悟してたのに!??


 

 そういえば、よくよく考えるとなんか不自然な感じだった。


 凶作の度に伯爵が食料を買い占めてるとか、タイミングよく麦を貸そうとか言いだすとか……。

 最初から私たちに貸しを作って無理な婚儀を押し通すつもりだったとしたら?



 私は、ベッドでロリコンおじいちゃん伯爵に嬲られる未来を想像して血の気が引いていくのを感じた。

 

 せ、せめて十五! 十五まで待って貰って!? ほら、その年ならねえやも嫁に行けるから!

 



 「当たり前だ!!」

 

 憤慨したお父様公爵がいさんで交渉に乗り込んで。

 ……十二歳まで待って貰えることになった。



 だいたいそれぐらいに初潮があるのでこの世界としては一人前の女性と認められる最低限の年齢……



 待って?!


 状況があまり改善してないよ?! それ私まだ小学生!!




 お母さまと一緒になってお父様公爵を問い詰める私。


 「い、いや。その代わり金貨一万枚を返せば婚約破棄を考えても良いと言われておる」

 「まぁ! それなら……そんなお金どうするの、あなた?」

 「うむ、家宝を売って……全部借金のカタに入ってるな、ううむ」


 人がいいけど本当に頼りにならないお父様である。

 

 お金、お金があれば……コンニャクが売れれば……。




 ― ― ―

 



 はい、貴族学校小学生の公爵令嬢マンナです。


 十歳になりました。あと二年。



 私は今王都にいます。


 だいたい貴族同士の社交界、つまりナンパ用の合コンを組むために、若い貴族を王都にあつめてまとめて教育するというのを考えたのは誰だったか。

 最初は王様への人質と言う意味もあったそうですが。


 というわけで、これぐらいの年齢になると貴族は王都で勉強をすることになっています。そうやっていい相手を見つけて、結婚と同時に卒業、というのがパターンです。私は違いますが。



 学校に通うという言い訳をしていますが、学校に行くのが目的ではありません。

 なんでもいいものは王都にあるし、なんでも売るなら王都がいいというので、私は王都で商売をすることにしました。



 ……だって、ウチの領地貧乏すぎて商売も何も成り立たないしねええええ?!



 私は、つやつやと波打つシラタキのような髪を頭巾に隠し、商人の少年に変装して、従者にコンニャクを売り歩かせました。



 「えー、コンニャクー、コンニャクはいかがー」


 この従者は飢饉の年に買い取った……ノッポ君である。

 なんとか生き延びることができたのだ。

 ありがとう、おじいちゃん伯爵。……ロリコンじゃなければ尊敬できたんだけど。



 ノッポ君であるが、私に仕えて食事が良くなったのか、一気にすくすくと背が伸びて見た目は大人である。

 コンニャクも好きだし、私が施した食糧で救われたというので、ノッポ君は私を女神やら何かのようにあがめている。


 毎日、キラキラした目で私を見つめて、なんでもハイハイということを聞く。

 私が言えば馬になったり、靴を履かせてくれたりもする。



 ……これはこれで気持ちいい。忠誠心っていいね。


 だが、今はその忠誠心は違う使い道がある。

 騎士の誇りぃ! などと言っている家臣とは違い、コンニャクを売ってくれるのだ。

 

 さぁ、商売だ!!




 結論から言うと、コンニャク、一応(板コンニャクと糸コンニャクを作った)は、あまりお金にならなかった。

 物珍しさで買ってくれる人はいるのだけど、リピーターになってくれないのだ。

 

 やはり商品開発が必要なようです。

 


 ということで、従者のノッポ君と一緒に、王都で食べ物を見て回ることにしました。

 変装して二人であちこちの露店を見て回るだけで、結構楽しいものです。


 「姫様、姫様!! ここのドーナツとか蜂蜜がたっぷり入っていて凄く美味しそうです!!!!」

 「姫様言うな!」


 従者君が凄く興奮してる。大きなしっぽをぶんぶん振り回しているのを幻視しかねない勢いだ。


 変装してるんだから姫様って呼ぶんじゃない!!

 ちょっと、手を引っ張らないで?!


 でも、蜂蜜ドーナツか……私も食べたい。うう、お金さえあれば。



 従者君と一緒に露店を見て回る限り、やはり王都で人気のあるのは甘いかしょっぱいか、とにかく味のハッキリしたものが売れているようだ。



 このマーケットで、淡白な味わいのコンニャクが売れるわけがないですね!!!! 



 はぁ……


 他の物を売るかなぁ……。


 でも、公爵領の資源はすでに取り扱い商人が決まっていて、私がいまから金にできるのはコンニャクしかない。


 幸い、私が召喚できるのはコンニャク粉なので、形や味付けはこれから考えることができる。


 甘いものかー、何か領地にあったっけな。



 一緒に回っている従者君が呟く。


 「あー、見るだけだとおなかすいた……村のナシとかリンゴ食べたいなぁ」


 

 よし、それだよ従者君。




 というわけで領地の果物を使った果汁入りコンニャクゼリーを開発しました。

 作り方はコンニャクとおおむね一緒で、果汁を加えてちょっと軟らかめに作る。


 「こんにゃくゼリーはいかがーー、甘いよ! 美味しいよ!! 

  それはもう、食べると口の中でぷるるんと!」


 従者君が売り歩いてくれた。

 開発中にさんざん味見させたから迫真の売り口上である。


 これが結構売れた。

 銀貨が毎日何十枚も入ってくる。



 やはり甘味は正義……とはいえ、リンゴもナシも品種改良とかされていないので、甘さは控えめ。

 味だけでは今一つ売れませんでした。

 

 そこで型を工夫して、ウサギとか剣だとか色々な形で売ってみたところ、お子様が殺到。

 コンニャクゼリーは一躍子供向けの王都土産として大ヒットしたのでした。

 なお、お子様が喜びそうな形は従者君の意見を採用しました。



 机の上に山のように盛り上げた銀貨を見て、従者君が震える。


 「す、すごいですよ姫様!! こんなたくさんの銀貨みたことないです!」

 「うん、ありがとう従者君!」

 

 必要なのは金貨一万枚だけどね!!!


 これだけ銀貨があっても両替したら金貨数十枚だ。



 道は遠い。



 ― ― ―



 はい、ちょっと貧乏でなくなった公爵令嬢マンナです。


 十一歳になりました。

 ……運命の日まであと一年です。



 その日の私は王都の公爵家屋敷で、精製コンニャク粉を水に溶いて遊んでいました。

 コンニャク水はとろとろしていて、触っているだけで結構楽しいものです。


 私が右手から出す精製コンニャク粉はアクが無いので触ってもかぶれたりしません。

 なのでこうやって遊んでも安全なのです。


 ……左手から出す粗い黒い粉は普通の黒いコンニャクを作るのに使うんですけどね、アク抜きが面倒なんでほとんど使ってません。

 何に使うんでしょうねこれ。



 とろとろとしたものをずっと触っていると、何か思いつきそうです。


「美容パック……ローション……」


 ローション。ローションか……


 窓の外を見る、にわか雨が降ってきていた。

 一気に気分が沈み込む。


 

 「ふふ……これ、初夜の時に使えば少しでも痛くないかなぁーー」

 私は真っ暗な思考に陥った。


 あと一年なのにお金は全く溜まっていない。


 ずるずる引き延ばせばおじいちゃん伯爵が諦めないかなぁと思ったけど、どうも引き続き元気にあちこちから幼女を集めて楽しんでいるそうだ。

 知りたくなかった。



 それどころか、年に何回か贈り物とお手紙をくれたりもする。

 一応、婚約者なのでお返事は書くんだけど……幼女の愛人を侍らせたおじいちゃん伯爵との結婚生活をやけにリアルに想像してしまったりして、物凄い自爆ダメージを受けてしまうのだった。


 

 助けはない。

 

 一応、タイムリミットまでに金貨一万枚を集めればいいんだけど。

 

 両親なんかはそもそも人がいいだけで理財の才能の全くない人たちである。

 期待はできない。



 期待できるのは……。



 「姫様!! ただいま戻りました!」

 「うわ、びしょびしょじゃない?!」


 外にお使いに出していた従者くんがにわか雨に降られてびしょびしょになって帰ってきた。


 「大丈夫です! ちゃんと任務の蜂蜜ドーナッツは……あああ?!」

 紙に包まれたドーナツもびしょびしょだった。



 「すみません、姫様……この罰は何でもお受けします……」


 しゅんとなってしまう従者君。


 うーん、犬耳をつけたら耳が垂れてる感じでとてもかわいいと思う。

 従者のノッポ君の背はさらにスクスク伸びて、すでに私に比べて頭二つは高いのだが、そういう男の子がしおらしくしてるのっていいよね。

 何でも言うこと聞いてくれるし……。



 私は手をひらひらと振って、従者君を慰めた。


 「いいのいいの、ごめんね、雨の中無理させて。

  従者君の服に防水加工とかしてあれば……って?!」


 ひらめいた。




 ― ― ―


 


 「軽いレインコート、羽のように軽いレインコートはいかがー、軽い傘もあるよー」

 従者君が元気に売り歩いている。


 こっちの世界では傘や雨具は水を通さない重い革製のものがメイン。

 大きなマントを頭からかぶるようなものだ。


 布製の雨具もあるが、雨の度に水をじっとりと吸い込んで使いものにならない。



 

 それに対して登場したのが私の新コンニャク製品!


 絹やら木綿の生地にコンニャク糊を塗り込み、そして灰汁で固めることで完璧な防水処理をしたものである。

 この薄くて軽くて水を通さない素材は、ボテっとした皮の雨具よりもはるかに軽くて染色もできて、おしゃれな新型雨具なのです!


 なんでも昔の日本では紙にコンニャク糊を塗って雨具にしていたらしいけど、私の場合は金持ち向けに高く売りたいのもあって、生地はいいものを使いました。



 これは売れた。売れすぎて領地に工場を作ったぐらいである。

 公爵領に新しい仕事ができて、皆も喜んでいる。


 コンニャク粉もいくら出しても足りないので種を召喚して領地で栽培まで始めてしまった。


 なんと隣国からも買い付けに来るようになって、船で大量に輸出するようにまでなった。


 そして、ついにその時はきた。



 


 机の上にどっちゃりと積まれた山吹色の塊。


 「姫様……ボクこんなにたくさんの金貨見たことないです……」

 従者のノッポ君がその輝きを見て怯えている。

 


 その前で、私は一枚ずつ刺身コンニャクのように金貨を並べていた。


 「きゅーせんきゅーひゃくきゅーじゅーはちー……

  きゅーせんきゅーひゃくきゅーじゅーきゅー……

  ……いちまん!!」 


 溜まったぞ! ついに! 金貨一万枚!


 これで私は自由だ!


 ありがとう神様! 能力の使い方をちゃんと理解できずにごめんなさい!


 今まで呪って呪って呪い尽くしてごめんね!!





 ― ― ―




 はい、王都きっての金持ち、公爵令嬢マンナです!!!


 十二歳になりました。


 お父様公爵がお金を持って、伯爵家に交渉に行ってくれています。

 結納金を返す代わりに婚約を破棄するのです。コンニャクは大事だから破棄してはいけない。



 はずだったのに。




 「おお、マンナ様はますます美しくなられましたなぁ!」

 「ありがとう……おほほ」


 何故か王都でおじいちゃん伯爵と見合いをすることになってしまった。


 

 いや、約束は約束だから婚約破棄はしょうがないが、ちゃんと本人に会いたい。そうでなくては納得できないというので、やむを得ず会うことになったのだ。


 ちゃんとお父様公爵も見張ってるから、いきなり襲われたりはしないと思うけど。



 「私は、初めてお会いした時から、マンナ様の天使か女神かとも思しき美しさに魅了され……」

 「おほほ」


 で、先ほどから一切本題に入らずに、おじいちゃん伯爵にひたすら褒められ続けている。


 「美しさだけではなく、新しい製品を作るなどその知性も比類なき」

 「それほどでも……」


 ひょっとして、この人はいい人なのではないだろうか。

 私たちが困ったときには食料を貸してくれたし、待ってと言えばきちんと十二歳まで待ってくれもしたのだ。

 話せばわかるのでは……。

 


 「……伯爵さま、私は怖いのです。その、こんな小さな身体で……」


 ぶっちゃけると、エッチしたくないです。

 って言いたいのだが、さすがにお父様の前でそれは言いづらい。

 

 

 「わ、若すぎるとお産で苦しむとか、いいますし、……もう少し年を取ってから」

 「おお……それをご心配でしたか!」


 そうだよ。


 「分かりました、ではマンナ様が良いというまで、そういうことは致しません」


 おお?!


 「ただ、結婚だけはお願いしたいのです。

 なにぶん私ももう年です。一日でも長くマンナ様と一緒に居たいのです。

 マンナ様に不自由はさせないよう、お金や宝石など何でも用意いたします。

 分かっていただけませんか」


 うう、おじいちゃん伯爵は真剣だ。

 熱烈な求愛。これで相手が四十歳年上でなければ……。


 でも公爵令嬢ともなれば政略結婚でも文句は言えない身分。

 なんか大事にされないところに無理やり嫁に取られるより、相手がおじいちゃんでも大事にしてくれる人がいいのではないか。

 無理矢理しないとも言ってくれたし……。


 あと気になるのは一つ。

 意外といい人だし、嘘の噂だと思うけど。


 

 「その、伯爵様。これは大事なことなのでお伺いします。愛人が居られるのですよね?」

 「……マンナ様がお気にいらないようでしたら追い出しますが」


 う、いや、貴族に普通愛人がいるのは分かってるし……追い出すとかそれはそれで可哀そうだからいいです。

 それに私に手を出されるより愛人で発散してもらったほうが。

 ポイントはそこじゃなくて、幼い女の子を無理やり愛人にして孕ませて死なせているという噂だ。


 私は遠回しに聞いてみた。




 「……悲しいことです」


 伯爵は否定しなかった。

 

 


 「でも、平民なんてどうでもいいじゃないですか? マンナ様はちゃんと大事にしますし」

 「…………」





 私は、気が付いたらお父様から金貨一万枚の袋を奪い取り、伯爵の顔にぶちまけていた。


 「私は、平民を慈しめるお父様を誇りに思ってるのですよ!! 婚約は破棄させていただきます!」






 ― ― ―



 


 伯爵が傭兵を雇って公爵領に攻め寄せてきたのはそれからすぐだった。

 



 慌てて領地に戻った私たちをおろおろしているお母様が迎えて、お父様に問いかけた。


 「国王陛下の仲裁は戴けないのですか?!」

 「うーむ、婚約破棄の話は両家で解決しなさいと」


 この国は国王の力は弱い、弱いというか領地もちの貴族にもめごとを「戦争で解決する権利」がある。

 特に今回の婚約破棄は伯爵の面子をつぶしたとして、立派な戦争の大義名分になってしまった。


 貴族社会的には平民がどうなろうと、貴族の面子の方が大事とされるのである。


 「……ごめんなさい」

 「いいんだよマンナ。マンナがやってなかったら私が破棄していた」


 お父様公爵に優しく抱きしめられる私。



 でもどうしよう! 傭兵を雇うお金なんてないよ!? 全部伯爵にぶつけちゃったし……。



 

 なんか怒りと使命感に燃えた顔で完全武装の従者君が駆け寄ってきた。


 「姫様! 私たちがお守りしますから!」


 ありがとう従者君、でも一人で……私たち?



 

 屋敷の外に人の気配がする。

 バルコニーに駆け寄って外を眺めると、そこには人、人、人の群れ。

 

 「姫様を護るためならオラたちががんばるだ!」

 「姫様の婚約で救われたんだ、姫様を救うのはオラたちだ!」

 「姫様の工場のお陰で暮らしが良くなったんだ!」


 領民たちだ。


 飢饉で命を繋いだ人たちだ。

 

 工場で働き口を見つけた人たちが、みんな、思い思いにカマやらピッチフォークをもって駆けつけている。



 「……で、でも、私がガマンできなかったのが悪いのに。

  皆に戦わせるなんて……」

 「姫様、姫様がガマンする必要なんてないんです。

  みんな、姫様に御恩があるんです。

  みんな、姫様にお返ししたくてたまらないんですから」


 従者君が、領民たちが、にこにこ笑って私を見つめていた。




 ― ― ―


 


 嬉しいけど、相手はプロの傭兵だ。

 素人の領民たちが殴り合ったらみんな死んでしまう。




 領地に作った雨具工場の中。


 戦争の用意を始めた人たちから離れ、私は自分の工場に閉じこもっていた。




 逃げたい。私が逃げればみんな死ななくて済む。


 空を飛んで逃げられればいいのに。





 ふと見ると、布に塗るための大量のコンニャク糊が鍋に入っている。

 そういえば防水加工できるってことは、アレは作れるのだろうか。



 私は布をペタペタ張り合わせて、丸い形に丸めると、灰汁で固めはじめた。



 

 できた。

 




 ― ― ―



 決戦の日。


 国境ちかくの草原に、伯爵の傭兵軍が布陣している。



 そこから少し離れた場所に私たち公爵軍も陣を構えていた。

 軍といっても譜代の騎士さんたち以外は、農具を掲げた領民さんたちである。




 そして、私はカゴに乗っていた。

 カゴには縄が付いていて、従者君がしっかりと縄をつかんでいる。


 

 はい、逃げられませんでした。

 従者君に捕まって、ものすごく怒られました。……ごめんなさい。


 

 というわけで、このカゴは違う使い方をすることにしました。

 


 火をつけます。


 丸くコンニャク糊で塗り固めた布が膨らみ、だんだんと大きくなって、

 そして布に括り付けたカゴが持ち上がっていきます。

 


 私は気球に乗って、空高く舞い上がりました。




「な、なんだあれは?!」

「悪魔の業か!」


 あ、相手の傭兵軍が動揺してる。

 そりゃ、初めて見たらびっくりするよね。


 


 領民に信頼のある私が乗ってると知ってる公爵軍に対し、雇われの多い伯爵軍はリスクを取りたくないのか様子を見ることにしたようだ。


 しばらくにらみ合いが続いた。



 私は打合せ通り、上空から相手の布陣を書き写して筒に入れると、縄にヒモをつけて投げおろした。

 これを従者君が受け取れば少しは味方が有利になるだろうか。




 「うーん、上空って風がつよいのよねー」


 ばたばたと風に吹かれながら私は考える。

 眼下には伯爵軍の陣地が広がっている。


 「上から何かぶつけてやれればいいんだけど、爆弾とかもってきてないし」


 あ、爆弾じゃないけど何かあるわ。






 「風が吹いてきたな……な、なんだこの煙?!」


 伯爵軍が慌て始める。

 風向きが変わったのを見て、私は上空からひたすらコンニャク粉をばらまき続けた。



 精製粉のでる右手ではなく、左手から荒い粉をひたすら大量に。




 追い風に巻かれて戦場全体に黒い粉が拡散していく。

 伯爵軍がどんどん灰色になって、視界がわからなくなってきた。


「げぼげほげほっ?! なんだこれは?!」

「息が苦しい、目をあけていられん!!」

 

 伯爵軍が混乱に陥った。

 


 この黒い粉には強いアクが含まれていて、素手で触れるとカブレるほどだ。

 それが大量に上空から撒かれればどうなるか。


 

 苦しみに耐えかねて伯爵軍の陣形がどんどん崩れていく。

 

 ころあいを見て、粉を撒くのをやめ、風が吹くのを待つ。



「いまよ!」

 

 煙が晴れる少し前にあわせて、気球と地上を繋ぐロープに通信筒を取り付けて下に落とした。

 総攻撃の合図だ。


「おお! 姫様の魔法が敵の目を奪ったぞ!」

「いまこそ御恩を返す時!!」

 

公爵軍が総攻撃を開始して、混乱のさなかにある伯爵軍に突撃していった。




 ― ― ―




 はい、婚約していない公爵令嬢マンナです!!!


 十三歳になりました。


「国王の命令により、双方に和睦を勧告いたします。

 伯爵は今回の争いに関する費用を負担し、公爵家に対する主張を取り下げること」



 ようやく、国王を買収して和睦命令を勝ち取ることができました。

 コンニャク雨具とコンニャク気球をプレゼントしたのが効いたのだろう。



 コンニャクで婚約破棄をすることができたのだ。



 ……なんで私の人生ダジャレなの!!


 これから! これからもっと気球とか! 雨具とか! 売って幸せになってやるんだからあああああ!!!


 神様め、見てなさいよ!!



 ……え、従者君。話があるの? なあに?

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公爵令嬢がコンニャク破棄! 神奈いです @kana_ides

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