第37話

刑務所に入った当初は、面会があっても口のきける状態ではなかった。半年たって、ようやく挨拶から時節の話と言葉が流れるようになった。それでも流暢とはいえない。刑務官の傍では緊張がとれることはない。


小太りがずいぶん、細り、おかげで皺が増えてしまった。


「実は先日、長男さんから連絡があってね。一週間前だから、8月のはじめだね。亡くなったと」

「…そうですか」


「桃子さんのことがよっぽど気になっていたんだろうね。話すかどうか迷っていたらしいけど、遺言書にしっかりあなた宛ての記載があって、僕は伝言を頼まれた」

「わざわざ、ありがとうございます」


「有栖谷さん、自分のせいでこうなったんだって。亡くなる間際まで気にしていたって」

「そんな。あの方にはとてもお世話になったのに、恩を仇で返してしまって、後悔しています。もう一度、遺族の方にお手紙差し上げたほうがいいでしょうか」


「いや、必要ないと思う。あなたの気持ちは十分伝わっているし。心配ないよ」

「マリは、マリは元気ですか」

「元気、元気、猫好き家族の中で大事に育ってる。桃子さんに怒られるかも、今、太ってる」


「5分前!」


差し込むような、野太い声がした。若林はその発信者を一瞥して、


「次は何、もってこようか。あんまり小難しい本ばかりでも、つまんないでしょう」

「大丈夫です。まだまだ先です」

「英語の辞書は?」

「先日いただいたもので十分です」

「そう。ではこれで、来月は第三木曜日になると思う。また連絡するね」

「ありがとうございます。ご迷惑でなければ。よろしくお願いします」


桃子は看守に向かって、

「終わりました」

と告げ、立ち上がった。


ここでの仕事。

どうやら私は、初犯で、性格や暴力性に問題がないと判定されたのか、入所後3か月ほどで、紙折と商品の箱詰め、夕食の配膳係に配置された。所内の職業カーストでは上位に入る立ち位置らしい。


刑務所の朝は早い。


朝は5時半に起こされ、冷たい水で洗顔し、看守が番号を呼ぶのを立って待つ。それが終わると、ゴロゴロと鉄格子が開き廊下に出て、また番号が呼ばれ、50センチ間隔を空けて整列すると、ラジオ体操の音楽が始まる。


真面目にやらなければ、看守の視線と、いずれ受けるかもしれない処罰のチェックが入る。言わずもがな、私はできるだけ仰々しく大げさに動作をする。


女同士の好き嫌いだけはどうしようもない。


私にも苦手な看守がいる。しかしこの世界では、睨まれたら終わりだ。外に通じる唯一の存在を敵に回したら、四六時中続く嫌がらせが確実。しかもいくら精神がやられようが、自殺できない。医者に薬を飲まされ、否が応でも作業に出て、改めて処罰を頂戴しなければならない。


そうなると、まさに生き地獄となる。おそらく10人に1人くらい、そうやって地獄を味わっている人がいる。

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