第34話

「意味わかんない。東京新生銀行を空売り?それがどうしたの、空中に株投げて、儲かるわけ?」


真澄はハイボール片手にチーズスルメを歯でむしりながら、トオル君のたどたどしい説明を聞いた。


「そうじゃなくて、高値で株を借りて、売って、下がったところを買い戻して、返す、その差益で儲ける、これが空売り」

「なんで株価が下がるのがわかるわけよ」

「それは相場の地合いとか、なにより会社が倒産しそうだったり」

「じゃ、何?小黒さんの銀行、倒産するってわけ。なんであんたが知ってるわけよ」

「決算書みればわかるっす。トレーダー界隈ではあの銀行、有名です」

「なんで個別の会社の決算書がみれんのよ」

「上場会社は3か月おきに、決算書を公開しないといけないから、IRっていう…ネットで誰でもみれるっす」


真澄はようやく目がさめたように、ハイボールをテーブルに置いて、


「あんた、なんでそれを早くいわないの」

「真澄さん、ちゃんときかないから…それに、あの人、運用、うまくいってないっす、多分」


真澄は今度は口にはさんでいたチーズスルメを皿に置いた。


「どういうこと?じゃ、あの人、嘘ついてるの」

「…桃子さん、気づいてるかな」

「気づいているわけないでしょ!!」

「小黒さんが買ってる株、トレーダーの餌食になってるのが多いし。米国指数の

S500に勝ってるとかいってたけど、日本の投資信託とか彼のいってた新興株を合算しても指数に勝ってるわけないっす、というか大損こいているかも」

「なによ!!」


真澄はトオルに掴みかかり、シャツの上から拳を胸に擦り付けた。


「どうすんのよ!!どうにかしてよ、あんたが運用すればいいじゃない」

「…それは」

「桃子に連絡しなきゃ」

「待ってください、確信があるわけじゃ…それに実際のポートみてないし」

「ポート?」

「ポートフォリオ。つまり実際、どの株買って、どれだけ保有しているか、みてない。それもどうせ企業秘密でみれないし」

「あー、もう、どうすれば」

「僕もわかんない、っす」


シャツから手を放した頃には、真澄の酔いもしっかり覚めていた。しかし同時にウィスキーの分量を間違えた反動が、胸のうちから喉元へ容赦なくこみあげていた。


「ウ、ウェ…ど、どうしよう」


真澄は立ち上がって、トイレに駆け込んでいった。豚が嘶くような下品な叫びが中から聞こえてきた。


「だ、大丈夫っすか」

「ばかやろう!!」

と中から聞こえたが、また嘔吐に戻って、悲鳴を繰り返していた。

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