第32話

「へぇ、それ初めて聞くわね。どこの会社?」

「コンビニの店員」

「ばっかねぇ、それ就職っていわないの」

「コンビニ店員も立派な就職だと…小説だってあるし」

トオル君は真澄にこつんとつつかれたが、ぼそぼそと頭をかき、小黒に向き直って

「銀行は金利で…大変っすね」

とつぶやいた。


「あ、痛いところ、つかれたなぁ、さすがに相場張ってる人はわかってますね。そうなんです、長引くゼロ金利政策で、銀行は虫の息なんです」


小黒は苦笑いしながら、


「それで運用係を立ち上げるように指令がきたんですよ」

「運用成績って、きいてもいいっすか」

「まあ、指数よりちょい上ってとこ、です」

「あ、それは随分、すごいな」

「杉田さんは、年初来?」

「今年は調子悪くて、年初来35%くらいっす。税引き後」

「ひゃーすごい。まじで教えてください、弟子入りさせてくださいよ」

「僕が教えることなんて、それに扱う玉の大きさが違うから。小黒さんの方がすごいっす」


「玉?タマってなによ」

「お、お金のこと、拳銃のタマ、漢字は違うけど」

「真澄さん、良い方と出会いましたね」

「真澄の嗅覚には負けるもんね」

「ふーん、この人、そんなすごいんだ。年初来35%、税引きがそんなに。ふーん」

トオル君が頭をポリポリかいて

「すごいかも、オレ」

と自画自賛の小声を出すと、

真澄が

「調子のるな」

とまたこづいた。

4人とも大声で笑った。

ひと安心。


今日はとても良い日。二人を紹介してよかった。

真澄は再び、乾杯の声をあげた。


小黒とトオル君の話は女子二人にはチンプンカンプンだったが、プロ同士の他流試合とでもいおうか、互いに、さらに深い会話へと入っていった。

酒もすすみ、大量に注文した料理も次第にはけていった。


「今日はご馳走様でした」

「いいの、この人。他に趣味もなくて、お金余っちゃってるから。次はおしゃれな所いきましょう。小黒さん、お勧めの」

「お二人の口に合うかどうか」

「桃子から聞いてますよ、いつも素敵なところにつれていってくれるって」

「またぁ、困っちゃったなぁ」

「ボクも来ていいっすか」

「もちろん、杉田さん、是非、飲みましょう。あ、飲まなくても行きましょう」

さすが真澄だ。場を盛り上げ、オチまでつけて、しっかり粗相なくしめてくれた。


これで安心して結婚できる。

あ、姉、姉のこと忘れてた。

まあいい。離婚歴2回の彼女には事後承諾でいい、はずだ。


深夜11時過ぎ、真澄とトオル君はタクシーの中で、持たれ合いながら帰っていった。


今日の発見、トオル君は意外にしっかりしている。

桃子はタクシーを遠くに見送り、振り返った。

「小黒さん、今日はありがとう」


小黒はにっこりして、桃子の額に人差し指をスッと当てた。


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