第29話
いつものように、注がれたビールを3杯ほど飲み干してから、
「あの相談があるんです」
と切り出した。
「フィアンセは、小黒さん、っていうんですけど、銀行に勤めていて、資産アドバイザーをしてるんです。それでおばさまもどうかなと思って」
「うちの資産を任せるってこと?」
「はい…」
おばさまは腕組をした。
「桃子さんはそれがどんな仕事か理解してる?」
「お客さんからお金を預かって、増やすって…」
「そうね、簡単にいえばそういうことになるわね。ちなみにどこの銀行?」
「東京新生銀行です」
おばさまはなぜか、急に、黙ってしまった。
「桃子さん、今は返事できないけど、またの機会にちゃんと説明するわ」
「あ、ええ。すいません。こんなお話、やっぱり…なかったことにしてください、申し訳ありません」
「いいのよ。私はあなたに幸せになってほしいの」
おばさまがもっと深い立ち位置で考えを巡らせていることはわかっていたが、うまく帳尻合わせをする言葉を持っていなかった。
「さ、飲みなおしましょう」
最近ではいつもの、能面顔のおじいさんは付き添わなくなった。どこで何をしているのかわからないが、多分、別の部屋でぼーっとテレビでもみているのだろう。
おばさまは時折、おじいさんのことを、どこかに預けようかといったりする。
家で介護していても、しょせんは二人、ヘルパーさんが大方やってくれるといっても、刺激が少ない。だけど施設も年寄だらけで、どんな高級なところを選んだところで似たり寄ったりらしい。
「孫でもきてくれたらいいけど、お嫁さんとうまくいかなくて」
お金があっても満たされない。特に肉親の気持ちを振り返らすのにお金の力は一向に役に立たないという。
長男はいわゆる高級官僚、次男は医療系の研究者だそうだ。
子供たちはまったくもって商売っ気を受け継がなかったし、経済的にも自立して、それはもちろん良いことなのだが、大学を卒業して以来、一切親に頼らないとのこと。
会社を経営しながら、子育ても手を抜いたつもりはないけど、もちろん専業主婦クラスとはいかなかったが、それなりの大学をださせて、社会的にもまあまあのポジションに就いてくれたし、満足はしているけど、ここまで親から自立、するとは。考えてもみなかった。
私は息子や孫たちの代替商品、にはなれないけど。食事はさせてくれるし、普通の人ができない経験をさせてもらっているから、違和感や愚痴は大目に見よう。
いや、そんな見方はチョイ失礼だ。
社会とアクセスのない、お一人様だった私を成長軌道にのせてくれた大事な先輩だ。
おばさまは、帰り際
「さっきのこと、検討するわ」
と優しく笑顔を作った。
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