第24話
「どうせなら、一番いい子にしたら。お友達、まだ初心者みたいだし」
「そうね、扱いのうまい方が」
「良い子、かませてあげる、お値段はひとつで」
「やっす、いいの?」
桃子は何が起こっているのか理解できずに、ひょっとして、と想像するだけで背中に緊張が走っていた。
「じゃあ、私はこの子」
「三ツ星行く?気前いいわね。奥で?それとも別で予約する?」
「今日は時間ないから、二人とも奥で」
「真澄…」
「こういう世界もあるの。いいから来なさい」
真澄は来た時と同様に、ずんと前に進み、桃子を導いた。
「あなたはこの部屋、私は隣。とりあえず待ってて」
中は窓がなくて、シンとしてなんの気配もない。板張りの壁に穴が開いていた。防音しているのか、隣の真澄の気配もしない。木製の椅子とテーブル、隅には安っぽい鉄パイプのベット、その横に冷蔵庫、ビニールカバーを取り付けただけの、シャワーとトイレ。
逃げられない、圧迫感、怖い。
真澄の遊びに付き合うには限界だった。
10分と経たずに、ノックの音がした。隣でも微かにその気配がして、真澄のなでるような声が伝ってきた。しかし隣のドアが閉まる音とともに、またすべての気配が沈黙した。
ドアを開けると、男が立っていた。いや男というより、少年だった。
「こんばんわ、ミツキといいます。よろしくお願いします」
ペコっと頭を下げたその少年は口を緩めると、靴を脱いで上がってきた。
「失礼します」
短く刈り込んだ髪を恥ずかしそうにかいて、背をかがめた時に少年の顔が桃子の傍を通り過ぎた。薬用石鹸の、あの匂い、がした。
「飲み物、何がいいですか」
「え?」
少年は慣れたように、冷蔵庫に向かい、ペットボトルを取り出し、桃子を振り返った。
「あなたは…」
いや君は、というべきか。何しに来たの、そういうつもりだった。
しかし防音とはいえ、隣の部屋からごそごそとベッドの足が床を打つ音がすると、ようやく真澄の遊びを理解した。
「わたしはそんなつもりじゃ…ないの。ごめんなさい」
「そんなつもりって?シャワーなし、とか」
少年が桃子の目をじっと見て後、ゴクリとペットボトルのお茶を飲んだ。
「だから…」
「僕、これでも21歳なんですよ」
「ありがとう。あなたが気に入らないとかそういうことじゃなくて」
「学費もあるし、お願いします」
「いや、それは…いくら、払えば」
「最後までいくなら5万円、ってことになってます」
そんな持ち合わせはない。裕福な真澄ならまだしも。だが、この部屋の圧迫からは、逃げおうせそうにない。
「ちょっと、ちょっと待って、いいかしら、となりに友達いるから。電話させて」
桃子はスマホを取り出し、真澄をコールした。
「もしもし…」
なかなか出ようとしない。あいかわらず、かすかに床をつつく音がする。
その音が休みをとって、ようやく真澄が、「なに!」と返事した。
「…お金、貸して。わたし…」
「なにいってんの、おごりだよ。心配しないで、切るよ」
それから放心したように少年を振り返り、
「お金は大丈夫だから…」
「それじゃ、僕シャワー浴びてきます、お名前は?」
「す、すずきで。あ、でもお金は大丈夫だし、何もなくてもお金は払います」
ありきたりの名前で嘘をついて、モジモジしながら狭い部屋をうろついた。無論、いくら若くて美少年とはいえ、交わる気はなかった。
「すずき、さん、ですか。僕が嫌いです、好みじゃなかった?」
「そういうことじゃない、の」
「お金もらうの、悪いし」
「いいの、座って」
そうしつけられているのか、つまり常に、事細かに、客の命令に従うように指示されているのか、少年は素直に椅子へかけた。
「みつき、君だっけ」
「はい」
「冷蔵庫にビールないかな」
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