第23話
真澄は居酒屋から裏道に入って、器用に曲がりくねって文具、と看板を前に置く店の前で止まった。もちろん、閉まっている。近くに小学校でもあるのか、繁華街から遠くなる。
文具屋の横には先の真っ暗な、地下階段があった。
「ここ」
真澄が指した階下の一つ奥、二番目の扉には「会員制」の板が掲げられていた。ワンルームマンション風の取り立てて飾り気のない扉だった。ノブの左側にカメラ付きのインターフォンがあった。
「もしもし、私、真澄。開けて」
「はい、ン?真澄?また来たの?」
「桃子、ほらほら、入って入って」
中はさらに薄暗く、段差のある床に足をひっかけそうになった。真澄はかまわず、桃子の手を引き奥に向かって歩を進めた。
「座って」
カウンターバーの背の高い椅子にヨイと足を掲げて座り、二人はようやく落ち着いた。
「何飲もうかな、そうねぇ、カルアミルク頂戴」
え、夜からそんな甘いもの、と思いつつ桃子はやはりビールを頼んだ。
メニューも、おしぼりもなかった。真澄がビール、あるよ、と、ついでに頼んだだけだった。
「改めて、結婚、おめでとう。結婚したら私ともそんな会えなくなるからさ」
「まさか」
「桃子は家庭向きだよ。子供作って一生懸命、家庭を愛して。それで私とは会えなくなる。だから最後の秘密、教えてあげる」
大抵の話はきいたから、過去の男の話も、お金を貢いでもらった話も、どれもこれも桃子とは縁遠いし、近寄る気もない世界だった。
コースターの上に載ったカクテルの注文とは別に、男はメニューとおぼしき、皮革張りの大きな板を二人の前に置いた。
「あの子、いる?」
「いるけど、高いよ。人気者だから」
「クー、私が育ててあげたのに」
「別の子にしたら」
「そうね、そうしよっかな」
TシャツにはPEACEと横文字が描かれていて、茶髪の男はいかにも軽そうな、しかし年はそれ相応にとったやつで、真澄とは長い付き合いなのか、会話の距離が変に近かった。彼は桃子に向けて、そちらは?と顎をしゃくり上げた。
「なんだか、わかる?桃子、とりあえず…」
戸惑いを見せる桃子に、真澄は前にある板を寄せた。
木枠の中にパッドがあり、タッチすると、出勤者名簿なるタイトルとともに、男の写真がずらりと現れてきた。
男たちは4つに区切られていた。
どれも同じ顔に見えたが下にスクロールするほど、なんとなく洗練されて魅力があるような印象を受ける。
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