第20話

閑静な住宅街とはこういう場所のことをいうのだろうか。


桃子の連絡を待ちきれなかったのか、結局、1週間も待たず有栖谷のおばさまから連絡があり、迎えのドデカイ車、もはやバスだ、これ、が音を立てずに迎えに来た。ハリウッド映画のマフィアがボックスの葉巻やウィスキーを手に取り、整形美女をはべらせて乗るような、黒光りのブツ、が桃子の貧相なアパートの前に鎮座した。

とりあえず、恥ずかしかった。


犯罪者のような、通りすがりの人たちの、タイトな視線を、燕尾服をまとった運転手がドアを手に取る際、感じた。


「荒木様、室内の御加減はいかがでございます」

「お、オカ?」

「お暑うございますか?」

「いえ、あの…いい感じです」


燕尾服は古い邦画でみたような鍔の大きい学生帽みたいな帽子をかぶり直し、桃子の位置を確認して、ゆったりと車を動かした。


小一時間、燕尾服の鷹揚な運転で到着した場所は、小高い丘にのり、日本画のようにきれいに剪定された松で覆われた、大邸宅だった。

門扉がゆったりと開き、燕尾服は警備のひげのおっさんに目礼すると、似たような車が3台ある車庫へ向かった。


先の見えないゴルフ場のような芝生を周りに囲み、白線を両端に、舗装された道路をたっぷり数分間、進むと、


「荒木様、こちらでお降りくださいませ」


青銅色の玄関ドア前、巨大な軒下に車は止まった。

そこには和服のおばさん二人が居て、両手を前に組み、首を垂れていた。


「いらっしゃいませ」


こんな格好でくるんじゃなかった。

ちょー普段着の桃子はまさか、あのお婆さんがここまでハイソとは知らずに、職場行きの、あまりにフツーのブラウスを恨めしく思った。

怖くて落ち着かない。


「桃子さん、いらっしゃい。お待ちしてました、さあ、どうぞ」


背後には、相変わらずおろおろした、れいのおじいさんが、妻の真似をして、どうぞ、どうぞと手を導いた。

真澄のタワマンもすごかったが、こことは比較すべくもない。本当の金持ちって、貧乏人の想像を超えている。

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