第21話
「桃子さん、コーヒー、紅茶、どちらがお好み?」
それ系の雑誌の表紙を飾るような日本庭園を前に、リヴィングに案内され、花柄のソファーに腰掛けた。
おば様は目線を外に向け、落ち着きのない桃子に尋ねた。
「ど、どちらでも」
「そう、じゃあ、コーヒーにしようかしら。あなたはほうじ茶になさい。コーヒーはだめだって先生いってたでしょ」
お出迎えの二人組のおばさんが割烹に着替え、控えていた。
「それとも、お酒、あ、そっちがいいかも。桃子さん、お腹すいてるでしょ。おやつの時間と思ってこの時間にお呼びしたけど、ちょっと早い夕食でも」
「いえ、お酒は…コーヒーで大丈夫です。コーヒーでお願いします」
(こんなところで、酔って、粗相でもしそうなら、職を失う!!)
「遠慮しないで。うちの料理人はすごいのよ、それじゃ、まずビール、お願い。ユウヒビールの特別なのがあったでしょ、社長さんがお歳暮でくれた、桃子さん、ビールが好きっていってたわよね。それとおつまみ…あなたは今の時間は甘いもので我慢なさい」
にこやかに座っているだけで腰を崩そうとしない夫は、おば様の指示にキョロっと見返したが、すぐに瞬きのない目で正面に戻った。
結局、何を食べたがはっきり覚えていないが、何度もトイレを借りたことは覚えている。くらい、飲んでしまった。
なんでも非売品の特別なできたてビールを毎年、社長からいただくとのこと。若い頃は飲めたが、いまとなっては最初の1本を開けるだけで、残りの数百本は、お手伝い、運転手、庭師、営繕係など総勢12人の従業員に配るそうだ。
缶ビールにも差があるのだね、はじめて知った。
おば様は、これはどこそこのフグ、これはどこそこのエビなどいろいろ説明してくれたが、聞いたことも、食べたこともない、ものだったからいちいち感動して、箸よりビールのコップが進んでしまって、不覚にもアルコールの魔力が先にワタシの脳みそを支配してしまった。
ただうっすらした感覚ではあったが、お茶を前にニコニコとただひたすら座っているだけの夫を隣に、おば様は少しビールを口に含んだだけで、けして酔うことなく、私を観察しているような気がした。
帰りもさっきの燕尾服が車のドアをあけて、どうぞと待っていた。
「桃子さん、またいつでもいらっしゃい」
おじいさんも、いらっしゃい、いらっしゃい、と無理やりな感じで、桃子に笑顔を作った。
「ありがとう、ございました」
それを何度も繰り返して、車に乗り込んだ。
そこから先はベッドに倒れこんだ、以外に記憶がない。
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