第18話

「あ、どうもっす」


髪はぼさぼさで、いかにもうだつがあがらない、もさッとした男が奥から出てきた。


「桃子、いらっしゃい。こちらトオル君。そいでこちら、私の唯一無二の親友、桃子。さ、あがって、あがって」


桃子は真澄が誘導するまま、いわゆるタワマンの最上階、都会の眺望が一気に見渡せる、20畳はあろうかという、リビングルームに通された。


「すごーい」

「でしょー、家賃300万もするけど、彼が遠慮するなっていうから」

(私の年収が1か月でとぶかぁ。。)

「オードブル、ビール、たくさんあるからね。乾杯しよ」

かの、トオル君は、のそのそと、真澄の後をついて、真新しいベージュ色の布張りのソファーにちょんと座った。

「かんぱーい」


真澄はいつものレモン酎ハイを喉を鳴らして飲んだ。桃子はコップに注がれた、普段飲んだことのない、筆記体ラベルのビールを味見するように口につけていた。後から聞いたらイタリアビールだそうだ。程よい苦みで普段飲む、安ビールの化学合成味がしなかった。


それより、トオル君の方が気になって、チラチラ、仕草をチェックする。酒飲みの二人と違って、彼は炭酸水をチビリと、まるでおじさんがカップ酒を飲むようになめていた。


だが、風体とは違い、意外に活舌はよかった。


「バイト、バイトで年収200万がせいぜいだったんすよ。それを増やすために、パチンコばっかりして。あ、でも結構勝ってたんです、ちゃんと計画すればね、勝てるんです。しまいには3人くらい打ち子を雇ってました」


「打ち子?」

「面倒だから、玉が出そうな台をかわりに打ってもらうんです。そのあがりをもらうっつうか。一本くらいは稼いでました」

「一本?」

「一本、1000万だって、それからネットバブルでしょ」

「そうそう、あれあれ。あれがなければ、たばこ臭いおっさんでおわってた」

「ちょっと!また吸ってるんじゃないでしょうね」

「いやいや、禁煙外来、がんばってるっす」

「トオル君の仕事場は別にあるの。ここからすぐ。この人、2か所、タワマン借りてるってわけ」


感心ともため息とも、つかない、深い頷きを桃子は繰り返した。そりゃ20億もあれば、家賃に年6000万使ったって、使いきれないわけだ。

「それでトオル君さあ」


次第に目の座ってきた真澄が彼の膝をゆさぶって、

「桃子にも誰か紹介してよ」

となでるようにいった。


「いいっすよ。でも閉鎖人格が多いからなぁ、そのペースに合わせられないと。ついでに社会性ゼロだし。特に億ってる奴なんて」

「1日中、ピコピコやってたらそうなるわね。ま、いいじゃない。トオル君だって、私とつきあって良くなった」

「そっすねー、真澄さんのおかげで常識人になれそうです。ま、成績は悪くなりましたが…」

「もう十分じゃん、この前も3億増えたんでしょ、またバブってるんでしょ」

「あと、2億で目標達成だから、かんべんっす」

「目標…」

「30億でしょ、もうすぐ」

「いや、実は別口座に」

「え、何よ。まだあんの?あんた一体いくらもってんのよ」


もはやついていけなかった。トオル君は自慢こそしなかったが、なぜなら彼はあまりに淡々と儲け話を口にするから、小黒さんが指南するようなのんびりした投資ではなく、その日暮らしの、刹那的な、株式売買に立ち向かっているらしい。それがパソコンの中で生み出されている資産の山だというのが桃子には信じられなかった。

紹介といっても、こういうピコピコした仲間がやってくる、のは目にみえていた。それより私には小黒さんがいるから。モテ歴が長い真澄が、結局、棲み分け優先のトオル君と結ばれたのはなんとなくわかるけど、私は毎日一緒で、もっともっと普通でいい。


「真澄、実はね」

桃子はついに小黒のことをしゃべった。

「えーなによ。今日は私の知らないことばかり、桃子ったらヒドイ」

「違うの。落ち着いてからと思って」

トオル君のホッとした表情が目に入った。真澄の要請に自信がなかったのだろう。

「投資、教えてもらっていいっすね。デフレ日本じゃ、投資しなきゃ意味ないっすよ」

トオル君によると、小黒の教えてくれた株はどれも一般に知られている会社で初心者には安全なものばかりという。先日、損切りしたれいの通販株でさえ、長期でみれば成長は確実ということだった。

「兼業の人はバクチはいかんです。やるなら、うちらみたいに真剣にやらないと、必ず負けます」


トオル君は相変わらず、炭酸水でチビチビを続けていたが、投資の公約数ができたことで、より饒舌になっていった。

真澄も祝福してくれて、桃子は一安心していた。


「私たちは籍はこだわり、全然ないけど、桃子は1回くらいちゃんと籍いれて、フツーの結婚しなよ。あー友達の結婚式なんて出たことないから是非行きたいな」

モテ期の長い真澄は、女友達より男にちやほやされる時間が圧倒的に長かった。招待状なんてもらったこともないだろう。


「また、いつでもおいでよ。普段は私、こっちで一人だから」

「ありがとう。次回は夜景かしら」

「そう、そう、夜景、夜景、すごいんだから」


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